参戦
大正3年(1914年)8月17日、外務省を通じてロンドンからの返電が届いた。
文面は慎重かつ曖昧ではあったが、日本の参戦を歓迎し、
•青島については「戦後の**信託処理を含め協議の用意がある」
•南洋諸島については「戦後の**委任統治制度創設を前提とする」
•戦費負担については「協商各国間での分担調整を視野に入れるが、割合は今後協議」
という内容に留まっていた。
外相・加藤高明は報告書を手に、再び首相官邸を訪れた。
「ロンドンからの返答は、こちらの要望を正面から受け止めたとは言い難いですが、
道は開かれています。青島と南洋については“委任統治”という言い回しで英国も含みを持たせていますし、
戦費についても、交渉の余地があります」
大隈首相は苦笑しながら言った。
「まるで古い煙管のように、煙だけは出ておるが火が通っておらん」
若槻禮次郎が表情を引き締めた。
「戦費に関して、これ以上明確な保証が得られない場合、帝國議会の承認が下りるか否かが焦点になります。
しかし、軍備支出の一部を“共同戦争”という名目で処理できれば、国民の理解も得られるでしょう」
岡市之助が頷いた。
「陸軍としては、第一師団を抽出し、膠州攻略の主力とする準備を進めています。
参戦が正式決定され次第、即時展開可能です」
八代六郎も続く。
「海軍も南洋方面艦隊の再編を進めております。第二艦隊を基幹とし、
南太平洋の独領島嶼部への展開準備を完了しつつあります」
加藤が慎重に言葉を選びながら述べた。
「この交渉はここで終わりではありません。むしろ、これからが本番です。
戦後処理において、我が国が“参戦国”として列強の一角に加わるには、
単に条件を呑むだけでなく、戦場における実績と外交交渉の両輪が必要なのです」
大隈は椅子に深く座り、ゆっくりと頷いた。
「では諸君、準備を進めよ。たとえすべての条件が満たされぬとも、
我らがこの大戦の舞台に、己の意志で立ち、名乗りを上げること――
それが日本という国家の未来に何をもたらすか、後世が決するであろう」
大正3年(1914年)8月21日、帝國政府は閣議において、
日本が日英同盟に基づき協商陣営に参加することを正式に決定した。
この決定は午後に宮中へ上奏され、大正天皇のもとで慎重かつ静謐に裁可が下された。
同日夜、首相官邸では再び五者が集まり、出兵と国内説明の最終調整が行われた。
大隈首相が静かに口を開いた。
「ついに、この瞬間が来た。我が国は欧州列強と肩を並べ、世界大戦という舞台に踏み出す。
加藤君、英国との覚書は?」
加藤高明外相が手元の書簡を指差す。
「覚書は、公使館経由で本日受領しました。
青島の処遇に関しては――
『戦後、国際的信託を前提とし日本が有する利害を最大限考慮する』との文言。
南洋諸島に関しては――
『委任統治制度において日本が当該地域の管理を行うことを支持する』。
戦費補助については――
『協商各国により戦後精算を行う意志あり』との記述であります」
若槻禮次郎が確認する。
「それであれば、財政支出は当座を手当てし、後に精算可能。
特別会計の編成に入りましょう」
岡市之助陸相が口を開く。
「陸軍は、第一師団を主力とした“青島派遣隊”を編成。
第三師団より工兵・野砲中隊を加えた混成部隊とし、上陸準備を急ぎます」
八代六郎海相も続く。
「海軍は南洋方面へ第二艦隊を展開。
佐世保を基点に、マリアナ・マーシャル・カロリン諸島への偵察を開始します。
あわせて、情報部門では英語・ドイツ語に通じた将校を配備し、現地対応にあたらせます」
加藤が補足する。
「また、参戦決定は新聞発表として明後日付け。
声明では――
『日英同盟の信義を重んじ、大日本帝國は協商陣営の一員として世界平和の回復に寄与す』
と記す予定です」
大隈が全員を見回す。
「我らは今、世界史の節目に立っている。
出兵は武威を示すだけでなく、日本が国際的責任を担う証左だ。
どうか、各省それぞれの任に恥じぬよう、全力を尽くしてくれ」
一同は静かに頷き、重い責任を胸に会議を終えた。
翌朝、陸海軍は動員命令を発し、
日本はついに大戦へと歩みを進める。




