五者会議
大正3年(1914年)8月10日、帝都・霞が関の首相官邸。
英国公使より正式な文書による参戦要請が届いた直後、大隈重信首相はただちに緊急五者会議の召集を決断した。
夕刻五時、首相官邸の奥座敷。書簡と地図が広がる大卓を囲んで、次の五名が静かに席に着いていた。
•首相:大隈重信
•外相:加藤高明
•大蔵相:若槻禮次郎
•陸相:岡市之助
•海相:八代六郎
重い空気を破るように、大隈が声を上げた。
「さて諸君、御存知の通り、英國より日英同盟に則り、協商陣営として参戦せよとの通達が来た。
我が国にとって、この戦争は果たして利益か、災厄か――慎重な議論を求める。まずは加藤君、外交の観点から見解を」
加藤高明が眼鏡を押し上げ、落ち着いた口調で答える。
「英国の要請は至極当然ですな。日英同盟は、極東における安全保障を主軸とし、
すでにドイツ海軍の東洋艦隊が膠州湾を拠点に活動しております。
参戦せずとも敵視されましょうが、参戦すれば我が国の発言力が欧州秩序に届く。
ここに新しい地位を築けます」
岡市之助陸相が小さくうなる。
「しかしながら、欧州の戦線に陸兵を送るつもりですかな?
今の陸軍は満洲と朝鮮での備えに追われており、遠征兵力の抽出は容易ではありません」
若槻禮次郎が口を挟む。
「まず考慮すべきは財政です。すでに海軍拡張に巨費を投じており、臨戦体制は国家予算を直撃する。
それでも、条件次第では…たとえば戦費を協商側が負担する、あるいは戦後の領土配分において我が国が相応の利益を得る――
その保証があれば話は別です」
八代六郎海相が頷く。
「我が海軍としては、膠州湾攻略と南洋諸島の掌握を視野に入れております。
敵艦隊の活動を封じると同時に、あの地域を確保すれば、我が国の太平洋戦略は飛躍的に安定します」
大隈は椅子に身を預け、静かに言った。
「つまり、諸君の一致するところは、参戦は利益ともなり得る。
ただし、相応の代償――青島と南洋群島の確保、そして戦費の協商側による拠出――が前提となるということか。
よろしい、次はこれらの条件をいかに確実なものとするか、外交と内政両面から詰めていこう」
議論はさらに熱を帯びていた。
加藤高明が立ち上がり、広げられた地図の上に手を伸ばす。
「英国側に伝える条件として、まず我が国が求めるものを明文化せねばなりません。
一点目、膠州湾のある青島租借地およびドイツの租借権全体。
二点目、南洋群島の委任統治あるいは割譲。
三点目として、出兵費用の全額、または相当部分を協商国が負担するという財政的保証です」
若槻禮次郎がやや驚いたように首を傾げた。
「英国はそこまで明示的に譲歩するでしょうか? あくまで対独戦での協力者として我が国を見ているのでは?」
加藤が即座に応じる。
「逆に申せば、我が国が参戦を渋れば、英仏は太平洋におけるドイツ残存勢力の掃討を単独ではできません。
日本の海軍戦力は、この地域ではすでに決定的なのです。
我々は交渉の立場にある」
八代六郎が腕を組んだまま口を挟む。
「海軍にとっても、それは現実的な条件です。
我が艦隊はすでに呉と佐世保で準戦時体制を取っております。
ただ、**南洋諸島に関しては“割譲”よりも“委任統治”**という形式の方が国際的に通りが良いでしょうな」
岡市之助陸相がうなずきつつも、懸念を口にした。
「出兵兵力は主に海軍が担うとしても、膠州攻略には陸軍の上陸部隊が必要となる。
我が軍の現状からして、精鋭の旅団一つを割くのが精いっぱいであります」
若槻が指を鳴らしながら呟く。
「仮に参戦となれば、特別会計と国庫借款の準備が必要になります。
ただし英国側の戦費拠出が公文書で明記されれば、それに沿って組むことは可能です」
加藤が再び椅子に腰を下ろしながら言う。
「つまり、我が方が正式に参戦の可否を回答する前に、
青島と南洋の割譲/委任統治、および戦費補填の確約を英側と文書で取り交わす必要があります。
私としては、この交渉を明日中にも公使館経由で開始したい」
大隈が皆の顔を見回し、口を開いた。
「諸君、ここに集った五人が、今や帝國の針路を決する者となる。
我々は栄光ある日英同盟を履行するか否か、いや、いかに履行すべきかを選んでいるのだ。
私としては、国益にかなう条件が整うならば、参戦は是とする。
ただし、準備は怠るな」
一同、静かにうなずいた。




