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14 メイドさんとトラブル


 明里さんに出会ってからはや数週間。カレンダーのページを1つめくった頃。


『申し訳ございません』


 朝起きてスマホを確認すると通知に謝罪の一文が。メッセージの送り主は明里さん。


「???」


 謝られるような案件が思い浮かばない蓮は寝起きの頭の中に大量の疑問符が浮かんだ。

 なにかやらかしたっけ?

 鈍い思考で考えてみるがそれらしい理由は思い浮かばない。もしかして寝ている間に寝ぼけて何か贈っていたりするのだろうか…?心当たりのない恐怖を覚えながらメッセージアプリを立ち上げ、トークルームが開くまでの数秒をじっと待つ。


『昨日よりコンロの調子が悪く』

『料理ができない状態でございます』

『勝手ながらしばらくの間お食事お作りするのをお休みさせていただけないでしょうか』

『申し訳ございません』


 どうやらコンロが壊れたらしい。そんなことあるのだろうかと思ったが、明里さんがわざわざこんな嘘つくわけもないので本当に壊れたのだろう。それで料理が作れないからしばらく蓮のご飯作るのをお休みしたいと。なるほどね……。


「え、すっっっごく困るのでは」


 メッセージを何度か目線でなぞり、よくやく事の重大さに気づき始めた。

 ここ最近、週の半分は明里さんの作ったご飯が食卓に並んでいる。その日は晩ご飯を作らなくてもいい上、片付けもいつもより楽ができている。それがなくなるのはつまり手間が増えるということだ。

 そして何より明里さんの美味しいご飯が食べられないという事実。これはかなりつらい。コンロがすぐに復活することを祈るばかりである。


『わかりました』

『また食べれる日を楽しみにしてます』


 返信を送り名残惜しいがベッドから降りる。そろそろ起きないと学校に遅刻してしまう。

 まだ完全に力の入り切らない足で階段を下りてキッチンへ向かうと、冷蔵庫からハムと卵を取り出しハムを並べ卵を割ってフライパンにのせる。ついでに端に氷を数個放り投げて蓋をして火をつける。毎朝恒例の目玉焼きである。朝ごはんは9割これしか作っていない。

 あれ…?コンロが使えないということはこういう風にご飯作ることもできないのか……?

 ジュゥゥゥ…と良い音を響かせるフライパンを見てふとそう思う。蓮のご飯を作れないと言われてそれは困るなぁと思っていたが、よく考えたら明里さんたちのご飯も作れないのではないだろうか。まったく何もできないわけではないにしろ大きく制約を受けるのは間違いない。

 すぐに直るならいいが、もし直るまでに時間がかかるようだったら大変だ。


「大丈夫かな…」


 遅ればせながら湧いてきた心配は、一度気になり始めるとなかなか頭の中から消えてくれなかった。何か助けになれるといいが…。頭の中に本日の天宮家の朝食の風景が思い浮かぶ。ご飯は炊きたてだがおかずは冷蔵庫から出したまま、もしくは電子レンジで温めただけ。冷蔵庫に入っている肉や魚は食べることすらままならず少しずつ風味が失われていく。

 何とかしたいとは思う。お世話になっているしコンロが使えないのは本当に困ると思うから。と言ってもできることなんてほとんどないのが現実であるが。コンロなんて貸し借りできるものでもないし。

 ………………いや、貸し借りできなくはないか…。


「貸すんじゃなくて…………来てもらえば」


 ふと思い浮かんだ考えは、少し前までの蓮だったらありえないと一蹴していただろう。いくら非常事態とはいえ女性を家に上げて料理させるなんて、と。というか今でも頭の片隅でありえないと言っている自分はいる。ただ、それとは別に掃除でかなりの頻度家に来ているしご飯も持ってきてくれているので作る場所が違う位なのでは?と思う自分もいる。

 だいぶ無茶なことを言っている自覚はあるが、絶対に無理と切り捨てるには惜しい気がした。


『もしよければ、うちのコンロ使いませんか?』


 思いついた思考を言葉に写す。遠回りしない直球の言葉。火を使えない心配だとか明里さんのご飯を食べたいだとかここに至るまでのいろいろな考えはあるが、あまり長くするとどこか言い訳しているように見えて嫌だったのでシンプルな文章にした。


「よし…」


 自分でも妙なこと言おうとしている自覚はあるのでなかなか送信ボタンを押す踏ん切りがつかなかったりする。

 もしこれで明里さんが少しでも嫌そうにしたりためらいを見せたらやめる。これはあくまでいつもお世話になっている明里さんが困っていそうだから聞いてみるだけであり他意はないし無理強いはしてはいけないのだ。頭の中にはなんだかんだと言い訳が浮かび、一旦考え直そうかなと思い始めたところで、鼻腔を焦げ臭いにおいが刺激した。


「あ、やべ」


 フライパンを火にかけたままだったことを思い出してすぐに火を止めるも時すでに遅し。目玉焼きは固焼きになってしまった。炭にはなっていないものの端は黒くなってしまっている。

 油はちゃんと引いていたはずだが焦げたせいでなかなかフライパンからはがれない目玉焼きと格闘する。固焼きとはいえ無理に引っ張るとボロボロになってしまうので、箸を横から滑り込ませて慎重に剥がしていく。かなり引っ付いているしこれは洗うのが大変そうだ…。

 戦うこと十数秒。ようやくお皿に移すことに成功した。

 ブブブ

 タイミングよくシンクの近くに置いたスマホが不意に振動する。


『少し考えさせていただいてもよろしいでしょうか?』


 ?????????????????


 ロックを解除すると目に飛び込んできたのはこの一文。何を考えるのだろうか……。

 嫌な予感がしつつ視線を上に向けると『もしよければ、うちのコンロ使いませんか?』という送った覚えのないメッセージが。

 その瞬間頭が真っ白になった。

 どうやら焦げた目玉焼きに慌てた時に送信ボタンに指を触れてしまったらしい。いや、そんなことはどうでもいい。明里さんのこの反応、拒絶ではないにしろ回答に困っているように見える。

 蓮の思い付きの提案が明里さんにとっていいこととは限らない。むしろ事情とかを考えられていない分迷惑な可能性が高い。


「やらかした…」


 明里さんのご飯を食べたい一心で自分のことしか考えられていなかったことに気づいて恥ずかしさと後悔が押し寄せてきて逃げるように画面を消した。こんなことがあったらコンロが直ってももうご飯を作ってもらえないかもしれないし、下手したら掃除までしてもらえなくなるかもしれない。もしそうなったとしたら非常に困るが、それも蓮が招いた事態なので何も言えない。

 今更なにか言い訳しても変わらない気がするし、後はもうなるようになれとどこか投げやりな気持ちでご飯を茶碗によそうと、目玉焼きの乗ったお皿をもってキッチンを後にした。

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