7話
翌日、道場に集まったのぞみとさやかは、再びリングの上に立っていた。
「昨日はリングの感覚に慣れる練習だったが、今日はロープワークを重点的にやるぞ。」
天野が腕を組みながら、厳しい目で2人を見下ろす。彩香と沙織もリングサイドで見守っている。
「プロレスではロープをどう使うかで試合のテンポが決まる。力の加減やタイミングを間違えれば、お前たち自身が危険にさらされるからな。」
「はい!」
のぞみとさやかは声を揃えて返事をした。
「よし、昨日やったロープに体を預ける動きをもう一度やれ。まずはさやかからだ。」
さやかがリングの中央に立ち、ロープに向かって走り出した。軽やかな動きでロープに肩を預け、反動を利用して素早く反対側へと駆け抜ける。その一連の動作は無駄がなく、自然だった。
「さすがだな。さやか、お前は動きがきれいだ。」
彩香が感心したように声をかける。さやかは軽く息を整えながら「ありがとうございます」と礼を言った。
「次、のぞみ。」
天野の指示で、のぞみは緊張しながらリングの中央に立った。
「大丈夫だよ。昨日の感覚を思い出して。」
さやかが小さく声をかける。それに勇気づけられ、のぞみはロープに向かって走り出した。
「えいっ!」
肩をロープに押し付けると、ロープがぐいっと体を押し返し、その勢いで反対側に走り出す。
だが――。
「っ…!」
反動が思った以上に強く、バランスを崩しそうになる。
慌てて足を踏み出すも、足の裏が滑りそうになる感覚がした。
「おい、もっと腰を落として重心を安定させろ!」
天野の鋭い声が飛ぶ。のぞみは焦りながらも、もう一度ロープに向かって走り出した。
「そうそう、力を抜かずにロープを押す感じでな!」
彩香がアドバイスを飛ばす。のぞみは意識的に体を低くし、ロープの反動を全身で受け止めるようにして走ると、少しだけ動きが安定してきた。
「うん、さっきより良くなった!」
さやかが笑顔で言う。その言葉に、のぞみも小さく笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
ロープワークの練習が一通り終わると、次は受け身の練習が始まった。
「受け身はプロレスの基本中の基本だ。これをマスターしなければ、試合どころか練習でもケガをする。徹底的に覚えろ。」
天野がリングに上がり、実演を始める。
「大事なのは、背中全体でマットに着地することだ。手や腕で支えようとすると逆にケガをするからな。」
天野はスッと後ろに倒れ込み、背中からマットに叩きつけられるように着地した。ドンッという音が響くが、彼女の表情は平然としている。
「お前たちもやってみろ。」
さやかが先に挑戦した。リングの中央に立ち、軽く息を整えてから、背中を丸めて後ろに倒れ込む。
ドンッ!
キレイな音を響かせながら、さやかの背中がマットに触れる。手のひらを広げて着地したその姿に、彩香が頷いた。
「完璧だな。さやか、お前は受け身の才能がある。」
「ありがとうございます。」
さやかは礼をして立ち上がる。そしてのぞみを振り返り、笑顔を見せた。
「次、のぞみの番だよ。」
「うん、やってみる!」
のぞみはリングの中央に立ち、背筋を伸ばして深呼吸した。
「よし…いくぞ…!」
意を決して後ろに倒れ込む。だが――。
「痛っ…!」
背中の一部だけがマットに当たり、不格好な音が響いた。彩香が思わず苦笑する。
「おいおい、背中全体で着地しないと痛いだけだぞ。」
「す、すみません…!」
天野の指摘に、のぞみはもう一度挑戦した。今度は背中を大きく丸め、手のひらを広げながら倒れ込む。
ドンッ!
さっきよりも綺麗な音が響く。のぞみはマットの上に横たわったまま、少しだけ笑顔を見せた。
「やった…!」
「少しずつ慣れていけばいい。焦らず、確実にな。」
沙織が優しく声をかける。その言葉に、のぞみは力強く頷いた。
ロープワークと受け身の基礎を終え、リング上での動き方に少しずつ慣れ始めた2人。だが、本格的な試練はこれからだった――。