5話
リビングでのプロレス鑑賞会が進む中、日が沈み始め、夕方が近づいていた。
「いやあ、やっぱり彩香さんと沙織さんはすごいですね。試合中の緩急が完璧です。」
真理がテレビを指差しながら感心していると、玄関の方から足音が聞こえてきた。
「ただいま。」
さやかがランニングを終えて帰ってきた。顔に汗を浮かべながらリビングに入ると、ソファに座るのぞみや先輩たちを見て小首を傾げる。
「何してるんですか?」
「先輩たちの試合を見てたのよ。彩香さんと沙織さんのタッグ戦。」
真理がさやかに答える。さやかは軽く息をつきながらのぞみを見た。
「のぞみ、ちゃんと見て勉強になった?」
「うん!すごく勉強になったよ!連携とか、技の迫力とか、全部がかっこよくて…!」
のぞみが目を輝かせて言うと、さやかは小さく笑った。
「なら良かった。私もその試合、見たかったな。」
「お前も見ておけよ、この試合。タッグ組むなら特に勉強になるからさ。」
瑠衣がリモコンを握り、再生ボタンを押す。画面には彩香が相手をリングに叩きつけるスープレックスの瞬間が映った。
「そうですね。勉強しておきます。」
さやかは立ち止まったまま試合の映像を眺めていたが、やがて時計に目をやり言った。
「もう夕食の時間だね。準備しないと。」
「あ、そうだね。」
のぞみが慌てて立ち上がり、さやかと一緒にリビングを後にした。
夕食は1階の食堂で、寮生全員が顔を揃える。テーブルの上には、炊き立てのご飯と味噌汁、焼き魚、野菜の煮物が並んでいた。
「こういうご飯、なんか落ち着くね。」
のぞみが笑顔で箸を取り、さやかの隣に座ると、先輩の真理が笑いながら言った。
「体を動かした後のご飯は格別だからね。いっぱい食べなよ。」
「ありがとうございます。いただきます!」
食事をしながら、のぞみは1日の疲れを感じつつも、どこか心が温まるような気持ちでテーブルを囲んでいた。さやかも静かにご飯を口に運びながら、目の前で楽しそうに話す若手先輩たちを見て微笑んでいた。
◇ ◇ ◇
夕食後、のぞみとさやかは2階の浴場に向かった。寮の大浴場は広々としており、湯気が立ち込める中でリラックスできる空間だった。
「いやー、やっぱり筋肉痛にはお風呂が一番だね。」
湯船に肩まで浸かり、のぞみが気持ちよさそうにため息をつく。
「まあ、回復にはいいかもね。でも、ちゃんとストレッチもしないとダメだよ。」
さやかが隣で軽く腕を回しながら答える。
「そういえば、さっきリビングで見た試合、すごかったんだよ。彩香さんのスープレックスとか、沙織さんの空中技とか、本当にかっこよくて…!」
のぞみは目を輝かせながら鑑賞会の感想を話し始めた。さやかは湯船に顎まで浸かりながら、静かに耳を傾けている。
「私もその試合、見ておけばよかったな。次の鑑賞会は誘ってよ。」
「もちろん!さやかちゃんと一緒に見たいし!」
そんな会話を交わしていると、不意に浴場の扉が勢いよく開く音がした。
ガラガラガラ
のぞみが驚いて振り向くと、そこに立っていたのはベテラン先輩――北条彩香と天宮沙織だった。
「えっ…!」
全裸のまま動きを止めたのぞみは、思わず目を丸くする。
「よっこらせっと。」
彩香は湯船に向かいながら快活に声を上げる。そして、湯気の中でのぞみに気づき、にこりと笑った。
「お、君が噂の練習生2号か。霧島のぞみ…だっけ?」
「は、はい!」
「ああ、よろしくな。なかなか大変なテストだったみたいじゃないか。」
彩香の明るい声に、のぞみは戸惑いながらも頭を下げる。
隣の沙織は静かに湯船に入ると、穏やかな声で言った。
「よろしくね。」
その落ち着いた雰囲気に、のぞみは自然と緊張が和らぐ気がした。
しかし、次の瞬間。
「いい体してるな。」
彩香が改めてのぞみの体を見て、そう言った。
「さやかもなかなかいいものを持ってるけど、君も負けてないじゃないか。
ちょっと触ってみてもいいか?」
「えっ…あの…」
彩香の視線が体を舐めるように動くたび、のぞみは恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
「ダメです、綾香さん。それと、あまりジロジロ見ないでください。」
さやかが軽く呆れたように言うが、彩香は笑いながら肩をすくめるだけだった。
「まあまあ、これから一緒に頑張ろうな。」
「は、はい!」
◇ ◇ ◇
湯気が立ち込める浴場の中、湯船に肩まで浸かった4人の女性たち。
のぞみとさやかの隣に座った彩香と沙織は、リラックスした表情を浮かべながら話し始める。
「それにしても、こうして後輩が増えるのは久しぶりだな。」
彩香が湯船の縁にもたれかかりながら、湯気越しにのぞみとさやかを見やる。
「確かに。新しい練習生が入るのは何年ぶり?」
沙織が穏やかな声で問いかけると、彩香は指で数えながら答えた。
「少なくとも3年は経ってるんじゃないか?新人が全然定着しなくてさ。」
さやかが少し表情を曇らせながら口を挟んだ。
「…やっぱり、団体の状況が厳しいからですか?」
彩香は大きく頷いた。
「そうだ。正直言って、今のサンシャインスターズは全盛期の影もない。興行の規模も小さくなったし、スポンサーだって減ってる。」
「それに加えて、ライバル団体のシルバーホークスが台頭してきたのも痛いな。」
沙織が静かに補足する。
「シルバーホークスって…どんな団体なんですか?」
のぞみが恐る恐る尋ねると、彩香は苦笑いを浮かべた。
「簡単に言えば、今一番勢いのある女子プロレス団体だ。選手層は厚いし、試合の華やかさも抜群で、観客動員数は業界トップクラス。」
「しかも、スカウトで有望な選手を片っ端から引き抜いてるからね。」
沙織が淡々とした口調で続ける。
「それじゃ、サンシャインスターズは…」
のぞみが言いかけると、彩香が大きく手を振って遮った。
「だからって、私たちは諦めるつもりはないよ!」
湯船の中で勢いよく立ち上がった彩香の声が、浴場に響き渡る。
「サンシャインスターズには歴史がある。何度だって立ち上がってきた団体なんだ。今がどんなに厳しくても、私たちがここで頑張れば、また盛り返せる!」
彩香が拳を握りしめて力説する姿は堂々としており、そのまま湯船から一歩前へ進む。自然と視線は彩香の下腹部に向かうが、のぞみは無意識のうちに目を逸らすのに必死だった。
「(あっ、ちょっと近い…!)」
彩香の快活な声と力強い言葉が胸に響くが、それ以上に目の前で直に見せつけられる彼女の裸が衝撃的すぎる。湯気の中で動く肌、そして視界の端に映り込む股間――のぞみの顔がみるみる赤く染まる。
(大人の人って…すごい…。さやかとはまた違う…迫力…。)
隣の沙織も静かに彩香の背中を見つめているが、彼女の優雅な雰囲気と彩香の力強さの対比がのぞみの目にはますます刺激的だった。
「だから、私たちがやるしかない!おまえたちも覚悟しておけよ!」
彩香の声がさらに響き渡る。だがのぞみはもうそれをしっかり受け止められる状態ではなかった。
「わ、私…ちょっと…」
熱気と見慣れない大人の裸姿に頭がくらくらとし、全身が火照るのを感じる。
「のぞみ?」
さやかが心配そうに顔を覗き込むが、のぞみはそのまま意識を失い、湯船に崩れ落ちた。
「おい、大丈夫か!?」
さやかが慌ててのぞみを支え、彩香と沙織も急いで手を貸す。
「ごめん、私が熱くなりすぎたかもな。でも、この子、ちゃんと素質あるよ。さやかと一緒に鍛えれば、いいレスラーになるはずだ。」
彩香が申し訳なさそうに頭をかきながら言うと、沙織が冷静に言葉を添える。
「まずは水で冷やしましょう。」
のぞみは湯船から引き上げられながら、再興への思いと見慣れない刺激で真っ赤に染まった顔のまま、意識を失っていた――。