4話
道場での厳しいトレーニングが始まってから1週間が経った。
日曜日の朝、ようやく目を覚ましたのぞみは全身の痛みに襲われてベッドに沈み込んでいた。
「…うぅ…筋肉痛が…」
体を動かそうとすると、腕も足も鈍い痛みが走る。
起き上がる気力すら奪われ、再びベッドに倒れ込む。
「のぞみ、まだ寝てるの?」
隣のさやかが声をかけてきた。既に着替えを済ませ、ランニングシューズを履いている。
「うん…動けない…筋肉痛がひどすぎて…」
「そっか。じゃあ今日はゆっくりしてなよ。私はランニング行ってくるから。」
「えっ、このオフの日に?」
「当たり前でしょ。プロレスラーは毎日が勝負だからね。」
さやかは軽く笑い、部屋を出ていった。その姿を見送りながら、のぞみは小さく息をついた。
「さすが、さやかちゃんだなぁ…私も動きたいけど、無理…」
午後になり、体を休めていたのぞみは寮のリビングから聞こえる楽しそうな声に気づいた。
「…何の声だろう?」
ベッドから起き上がり、筋肉痛に耐えながらリビングへ向かうと、そこには若手の先輩たち――小宮瑠衣、桜井真理、森下優香の3人がソファに座っていた。リビングのテレビにはリングの映像が映っている。
「お、のぞみ。いいところに来たじゃん。」
瑠衣が振り返りながら声をかける。
「これ、何ですか?」
「録画してた先輩たちの試合。ベテランの先輩2人、すごいタッグを組んでてさ。暇なら一緒に見ない?」
「いいんですか?私、筋肉痛で動けなくて…」
「ならちょうどいいじゃん、座って観戦しなよ。」
真理が笑顔で言い、のぞみは遠慮がちにソファへ腰掛けた。
画面に映っていたのは、観客の歓声に包まれた大きな会場だった。リング上には2人の女性が映っている。
「この2人が、サンシャインスターズの看板レスラー…」
「そう。黒髪の長身が北条彩香さん。どっしり構えてて安定感抜群のパワーファイターね。」
瑠衣が指を指す。その隣で桜井が補足するように続ける。
「もう1人は天宮沙織さん。テクニックに長けた技巧派で、頭脳戦が得意なの。2人ともシングルでも強いけど、タッグだと最強なんだよね。」
「へぇ…」
のぞみは画面に釘付けになった。彩香は相手をリングに叩きつける豪快なスープレックスを見せ、その直後、沙織がすばやくトップロープから飛び上がり、正確無比なフロッグスプラッシュを決める。
「すごい…息ぴったり。」
のぞみがつぶやくと、優香が頷いた。
「彩香さんの力強さと沙織さんのスピードが絶妙に噛み合ってるの。どんな強い相手でも、この2人を崩すのは難しいんだ。」
画面の中では相手チームが反撃を試みるが、彩香が冷静に受け止め、すかさず沙織にタッチをして攻撃の流れを変える。
「これが…プロレスの世界…」
のぞみは息を呑みながらその戦いを見つめていた。
試合が終わり、画面に映る勝利者インタビューを見ながら、のぞみはふとつぶやいた。
「いつか…私もあのリングに立てるかな…」
その言葉に、瑠衣が静かに答えた。
「立てるかどうかじゃない。立つんだよ。ここにいる全員、それを目指してるんだから。」
のぞみは瑠衣の言葉を噛みしめながら、大きく頷いた。