2話
道場での試験を終えたのぞみは、さやかの案内で寮へ向かっていた。空は夕日に染まり、道場での汗と熱気が体に残るまま、心は緊張と期待で揺れていた。
「ここが寮だよ。」
さやかが立ち止まり、古びた3階建ての建物を指差す。白い外壁に小さな窓が並ぶその建物には、どこか温かみがあった。
「へえ…結構大きいんですね。」
「まあね。3階がベテラン先輩たちの個室。私たち練習生は2階で若手の先輩たちと一緒。1階にはリビングとキッチンがあって、寮生みんなで共有してる。」
「みんなで生活してるんだ…!」
さやかは軽くうなずきながら階段を上り始めた。
「ちなみに、若手の先輩は3人いるよ。1人はシングルで、あとの2人はタッグを組んでる。」
「タッグ…!」
のぞみはその言葉にわずかに胸を熱くした。同じ階に、いずれ自分たちの目標となる先輩がいる。それは励みになると同時に、どこか緊張を伴うものだった。
寮に入ると、1階のリビングで数人のレスラーたちがくつろいでいた。彼らは一様にのぞみとさやかの方を向き、興味深そうに目を向ける。
「お、君が今日テスト受けてた新人か?」
声をかけてきたのは、黒髪のショートカットが特徴的な女性だった。すらりとした体型で、鋭い眼差しに冷静さが宿っている。
「あ、はい!霧島のぞみです!」
「私は小宮瑠衣。2階でシングルやってる若手の先輩よ。テスト、なかなか根性見せてたじゃない。」
のぞみが恐縮しながら頭を下げると、リビングの奥からさらに2人が近づいてきた。
「それにしても、あの腕立て伏せはよく頑張ったね。ちょっと感心したよ。」
柔らかい雰囲気をまとったその女性は、短めの茶髪が印象的だった。隣には、ややがっしりした体型で力強い笑顔を浮かべたもう1人の女性が並んでいる。
「私たちはタッグを組んでる。茶髪の方が桜井真理で、私は森下優香。よろしくね!」
「よ、よろしくお願いします!」
のぞみは思わず背筋を伸ばして答えた。さやかがその様子を見て、小さく笑う。
「みんな練習生のとき、テストは一応通ってるからね。気を引き締めておいた方がいいよ。」
瑠衣が薄く笑いながら肩をすくめる。
「まあ、練習が始まったら大変さが分かると思うけど、とりあえず今日はゆっくり休んで。2階に部屋があるから案内してもらいな。」
瑠衣たちの言葉に見送られながら、さやかはのぞみを連れて2階へ向かった。
◇ ◇ ◇
「ここが私たちの部屋。」
さやかが扉を開けると、中には2つのベッドとクローゼットがあるだけのシンプルな部屋が広がっていた。
「意外と広いんですね。」
「そう?まあ、荷物を置く場所はあるし、十分でしょ。」
さやかは自分のベッドに荷物を置きながらそう言った。のぞみも窓際のベッドに荷物を置き、軽くため息をつく。
「本当にここで私、やっていけるのかな…」
「やるしかないでしょ。まあ、最初はキツいだろうけど。」
さやかがそう言うと、軽くベッドに腰掛けた。
「ねえ、のぞみっていくつなの?」
「18歳です。さやかさんは?」
「私も18歳。同い年だね。」
「えっ、そうなんだ!」
のぞみが驚くと、さやかは肩をすくめて言った。
「だからタメ口でいいよ。先輩たちには気を使うけど、私たちは同じ練習生なんだからさ。」
「うん…わかった!じゃあ、これからよろしくね、さやか!」
「うん、よろしく。」
さやかが柔らかく笑みを浮かべる。その表情に、のぞみは少し安心しながら、部屋の荷物を整理し始めた。
荷物を整理し終えると、2人は部屋の中央で向かい合った。さやかはストレッチをしながら、ふとのぞみを見上げて言った。
「それにしても、今日のテストはすごかったね。」
「そうかな…もう必死だったよ。あんなに汗かいたの、初めてかも。」
のぞみが笑いながら答えると、さやかも小さく笑う。
「まあ、根性は合格だったよ。明日から練習が始まるけど、頑張ろうね。」
「うん!私、絶対ついていくから!」
その声には、どこまでも真っ直ぐな決意が込められていた。さやかは頷きながら、窓の外を見つめる。
「これから長い道のりだけど、一緒に頑張ろう。」
のぞみはその言葉に力強く頷いた。