10話
翌日、道場に集まったのぞみとさやかの前で、天野がリングを指しながら告げた。
「今日からはさらに一歩進んで、技をかける練習に入るぞ。」
その言葉に、のぞみは胸を高鳴らせながらリングに目を向けた。
「技をかける…ついに!」
さやかは静かに頷きながら、隣ののぞみに小声で言った。
「でも、最初は簡単な技からだろうね。多分…ヘッドロックとかじゃない?」
「だとしても、楽しみだね!」
天野が2人の会話を聞きつけたように口を開く。
「技といっても最初は基礎中の基礎だ。相手に力をかける感覚や、受ける側の動き方をまずは学べ。」
「はい!」
彩香がリングに上がり、デモンストレーションを始める。
「まずはヘッドロックだ。簡単そうに見えるが、力を入れすぎると相手をケガさせるし、手を抜きすぎると説得力がない。力加減が重要だ。」
彩香が沙織を軽く掴み、首に腕を回してヘッドロックをかける。沙織はすぐに片膝をつき、受け手としての動きを見せた。
「相手がどう動くかを考えながら力をかけるんだ。これを繰り返して体に覚えさせろ。」
リングサイドで見ていた若手先輩たちも感心したように頷いている。
「さすが彩香さん、動きが無駄なくて美しいですね。」
真理が小声で言うと、優香も同意するように頷く。
「それじゃあ、二人共。今のをやってみろ。」
天野の指示で、さやかがまずリングの中央に立つ。
「のぞみ、かけてみて。」
「うん、やってみる!」
のぞみは緊張しながらも、さやかの首に腕を回し、ヘッドロックをかける。
「えっと…こんな感じ?」
さやかは軽く呻き声を上げた。
「ちょっと力が強すぎるかも。でも、悪くないよ。」
「ご、ごめん!」
のぞみはすぐに力を緩め、さやかの動きを確認する。さやかは受け身を取りながら、膝をついて体勢を低くする。
「そうだ、それでいい。受ける側は、相手の動きに合わせて自分の体を安全な位置に持っていくんだ。」
天野が解説を入れながら、のぞみとさやかの動きを見守る。
次はさやかがのぞみに技をかける番だった。
「じゃあ、いくよ。」
さやかはすばやくのぞみの首に腕を回し、力を込める。
「っ…すごい!」
さやかの動きはスムーズで、適度な力加減が伝わってくる。のぞみは驚きながらも、受け身の練習で覚えた動きを思い出し、膝をついて体勢を低くした。
「これなら大丈夫そうだね。」
「さやかちゃん、すごく上手だよ!」
「ありがとう。でも、まだまだ練習が必要だよ。」
2人が何度かヘッドロックの練習を繰り返す中、リングサイドから彩香が声をかけた。
「2人ともなかなかいいじゃないか。あとは、動きの中で自然に技をかけられるようにすることが課題だな。」
「動きの中で…?」
のぞみが首をかしげると、彩香は軽く笑った。
「試合中は、相手が止まってくれるわけじゃない。流れる動きの中で、自然に技をかけなきゃいけないんだ。それを覚えるのが次のステップだよ。」
その言葉に、のぞみは改めてリングの厳しさを感じた。
◇ ◇ ◇
その日の練習が終わる頃、若手先輩たちが近づいてきた。
「のぞみ、なかなかいい動きしてたじゃん。」
瑠衣が肩をポンと叩き、笑顔を見せる。
「いやいや、まだまだです。もっと練習しないと。」
のぞみが恐縮しながら答えると、真理が優しく言った。
「でも、いい感じで成長してるよ。これからもっと厳しくなるけど、一緒に頑張ろうね。」
「はい、よろしくお願いします!」
さやかも隣で頭を下げ、2人の顔には少しだけ自信が浮かんでいた。