【1】津波異変
星の森は、気がつくと朝を迎えていた。木々の隙間から、優しい木漏れ日が差し込んでくる。妖精(虫)達は、その光の眩しさで、自分が寝ていた木の中から起き出てきた。そして、眠そうな顔で、ひらひらと自由気ままに飛び回っていた。
この森では、妖精の事は『虫』と呼ばれている。何故、虫と呼ばれているのかというと、手の平サイズで捕まえやすく、虫籠にもちょうど入るし、羽が生えているからという、ただそれだけの理由だ。そして弱い。
だが最近では、この森の何所かにも、普通の幼女と同じくらいの身長の妖精(虫)が住みついている様だ。しかも、それが物凄く強いらしい。星の森にも、まだまだ凄い幼女がいるというわけだ。
木に実っている星の実は、たっぷり朝の日差しを浴びて、美しく光っている。それを見た一匹の妖精(虫)は、食べようかどうか迷っていた。
さて、今日も幼女達のまったり日常が始まろうとしていた。木の影に建った一軒の小さな家の中では、一人の幼女が、窓から光を浴びて、安らかな表情でベッドで眠っていた。寝息をすうすう立てながら。
彼女の名は『ミクル』 普段の外見は、水色の髪に黄色の星の髪飾りで、髪を二つに縛っている。頭の上に生えているアホ毛が、かなり特徴的。今は寝ていて、髪を縛っていない。やけに寝癖が目立っている。髪飾りはベッドの下に置いてある。目は青色。服はピンク色のひらひらした服に、胸元に赤いリボンを付けている。下は紺色のミニスカートを穿いている。そして、靴は赤色。
かなり天然でのんびり屋で、頭も少々悪い。空気も読めない所もあるので、『馬鹿』とも呼ばれている。しかし、そのミクルの持つ能力の、氷を操る技は結構強い。周りの物も、一瞬で凍らせてしまう力を持っている。自分でもその力があまりにも強すぎて、制御しきれない時がある。氷の他にも、冷気や雪、寒気、冬その物まで操れるらしい。
ミクルが気持ち良く寝ているその時に、誰かがミクルの家のドアを叩く音がした。ミクルはその音で目が覚めて、ベッドからゆっくり降りて、寝癖だらけの髪とよれよれのパジャマのまま、ドアを開けた。
そしてその先にいたのも、また幼女なのである。
「おはよう、ミクル……って、貴女は今起きたばかりなのかしら? 寝癖が凄いわよ。早く顔を洗って、寝癖を直して、着替えてからいらっしゃい」
其処にいたのは『カラス』という名の幼女。黒髪の短い髪を、青い星の髪飾りで横に一つに縛っている。目は青色。服はブレザー姿。靴は黒い靴を履いている。
性格は、真面目で頭が良い。だが、少々抜けている一面もある。技は主に、チョークを操っている。カラスはチョークを大量に所持していて、何時でも何処でもチョークを扱う事が出来るのだ。カラスのチョーク投げはとても素早く、普通の人間にはとても避け切る事が難しい。命中すると、とても痛い。
「むにゅ……? 誰……? あぁ、カラスちゃん? ちょっと待ってー……」
ミクルは眠たそうな目を擦りながら、また自分の家の中へのっそりと戻っていった。カラスは、ミクルの家の中を、開きっぱなしのドアからひょこっと覗いてみた。家の中は要らないガラクタの所為で散らかっていて、昨日の飲みかけのジュースが入ったペットボトルが置いてあったり、溜め込んだ星の実等が四方八方に散らばったりしている。流石にこれにはカラスも、笑みに呆れ混じりの表情を浮かべて溜息を吐いた。
ミクルはゆっくりと、自分の部屋で普段着に着替えていた。その間に、カラスはミクルの家の中へと入って、散らかったガラクタを拾い始めた。
「はぁ……この子の散らかし癖は、いつになったら直るかねぇ」
カラスはぶつぶつと愚痴を言いながらも、ミクルの家の中を片付けていた。時々妖精(虫)が紛れ込んでいる時もあったが、それは手でしっしっと追い払った。|妖精(虫)にも、散らかっている場所が好きな種族の者もいるのか?
次第にミクルも着替えが終わったらしく、いそいそとガラクタを拾い集めているカラスを、ぼうっと自分の部屋の入口の所で見つめていた。
「ちょっとミクル? 貴女も手伝いなさいよ。そもそも此処は貴女の家なんだから、私じゃなくて貴女が片付けるべきでしょう?」
ミクルはそのカラスの発言で、はっとして、自分もいそいそと家の中を片付け始めた。カラスが沢山の本を本棚にひょいひょいと戻している中、ミクルは星の実を一生懸命集めていた。が、手の中からどんどんこぼれるばかりで、なかなか拾い集めきれそうに無い。でも何とか、カラスの手を借りながら入れる事が出来た。
「別にいっぺんに入れなくても、どうせ星の実はそんなに小さくないんだからいいじゃない」
「てへへ」
そして、やっとミクルの家の片付けが終わった。カラスは仁王立ちをして、綺麗になったミクルの家の中を見回していた。ミクルは目を輝かして、今にもはしゃぎだしそうな様子で辺りをきょろきょろしていた。そしてミクルは、はっと思い出してカラスにこう言った。
「ねえねえカラスちゃん、そういえばミクルに何か用事でもあるの?」
「勿論あるわよ。貴女がいつも私と一緒にやってる事でしょ? ほら、早く私に着いてきなさい」
そう言ってカラスはミクルの家から出て、左の方に曲がった。ミクルも急いでカラスの後を追った。二人の足音がガサガサと、森中に響いている。二人に踏まれた雑草も、へこたれないで起き上がっているのもいれば、そのまま地に倒れている駄目なのもいる。
しばらくして、カラスのお目当ての場所へ着いた。草の茂みに囲まれた中には、一席の机と椅子が真ん中にぽつりと置かれていて、その目の前には、教卓と黒板があった。ミクルはその光景を見た瞬間、一瞬にして顔が青ざめた。逃げる体勢を取ったが、カラスにあっけなく手を掴まれてしまった。カラスはにっこりとミクルに笑いかけて、こう言った。
「逃げようとも無駄よ。此処は貴女の頭を鍛える『教室』なんだから。逃げたらチョークだけでは済まない御仕置きが待ってるわよ?」
「うへぇ」
カラスは度々此処にミクルを連れて来ては、ミクルの頭を鍛えようとしているのだ。『ミクルは少々普通の子よりも頭が悪いので、鍛え直さないといけない』と、カラス本人は考えているらしいが……どうせ鍛えようとしても、ミクルの性格じゃあ手に負えなさそうだ。
しかし、カラスはそれでもめげないで、こうしてミクルに授業を教えているのだ。
カラスはミクルを無理矢理席に座らせて、自分も教卓の前に立って、早速授業を始めた。
「さぁ、今日の授業は社会よ。江戸から明治のころの欧米の様子について勉強するわ。イギリスではすでに国王の権力をおさえる仕組みが出来ていて、議会による政治も始まっていた。1700年代前半からは産業革命も始まっていて、蒸気の力で動く機械を使って安い工業製品を沢山作っていた。それから当時日本には無かった鉄道も広まっていて、海外にもどんどん進出していった。それから云々……」
カラスが黒板に向かってすらすらとチョークで説明を書きながらぺらぺらと喋っている間に、ミクルはカラスの話を聞き流していて、眠りこけていた。そりゃあミクルの脳じゃ、全然理解出来ないだろう。ミクルにとっては意味不明な単語ばかりが出てきている。ミクルはとうとう、机に突っ伏してしまった。
「さてと、このぐらいかしら。じゃあ、今まで説明した事をキチンとノートに書いて……うん?」
カラスが振り返った時には、ミクルはすでに涎をたらしながら、幸せそうな顔で眠っていた。まるで、今までのカラスの話を全部聞いていなかったという様に。カラスは右手にチョークを構え、ミクルの頭上を狙った。カラスは確認して頷くと、ミクルの頭上目掛けてチョークを目にも止まらない速さで放った。
「いひゃぃっ!?」
見事に命中。
「寝逃げしようとも、私からは授業が終わるまで逃れられないわよ。今日の授業をせいぜい、頭に叩き込んでおく事ね。今日の貴女は何回チョークで傷だらけになるかしらー? うふふ」
ミクルは自分の頭を抱えながら、ガクガク震えている。額には、チョークが命中した跡が残っている。物凄く痛いのだろう。
実はこの光景も、二人にとっては日常茶飯事なのだ。ミクルは毎回、こうやってチョークに打たれているのだ。酷い時は、一日十~十五回ぐらい打たれる。その理由は殆ど、眠っているミクルを起こす為。それ以外は、何か変な解答をミクルがしてしまったか、単なるカラスの暇潰し。
「あら。またミクルの勉強会かしら?」
ふと、誰かの冷静な声がしたので、二人は声がした方を振り返った。其処には、兎の人形を抱いた金髪の幼女が立っていた。
「本当に飽きないのねぇ……私だったらすぐに飽きて、其処の馬鹿をほったらかしにしている処だけど」
彼女の名は『ルルカ』 金髪の長い髪に橙色の星の髪飾りを付けている。服は橙色のふわふわしたワンピースを身に着けている。靴も橙色。目の色は紫で、ジト目。性格は冷静で物静かであるが、無口というわけではない。少々毒舌で、ミクルをよく『馬鹿』等と言いながらあしらっている。
持ち技は『炎の魔法』で、炎を自由自在に操る事が出来る。だが、いっぺんに燃やす技ではなくて、じわじわと相手を炎で囲んで燃やしていく技が多い。いっぺんに燃やす技は、また別の幼女が持っているらしい。好きな物はお茶と人形である。
「誰かと思ったら、ルルカじゃない。授業見学なら御自由にどうぞ」
カラスはそう言って、にっこりと微笑んだ。ルルカはスタスタと、ミクルの授業現場へ入っていった。
「あ、ルルカちゃん。ルルカちゃんも一緒に勉強したいのー?」
「するもんですか。私にはそんな簡単な授業を受ける必要なんて無いしね」
ルルカは見た目は幼女でも、知識は十分あるらしい。
「そうそう、最近何か、変な事が起こっている気がするのよねぇ」
ルルカはふと思い出して、そう言って、溜息を吐いた。
「変な事? 私には全然感じられないんだけど……」
「私には起こっている気がするのよ。何処か海の向こうで、何か大変な事が起きている様な……そんな感じがする」
「それはそれは大変ねぇ。でも、原因は何かしら?」
ミクルは二人がうなってる様子を、しばらく不思議そうに見つめていた。そして、何か思い出した様な表情をして、二人にこう言った。
「そういえば昨日、ミクルいつもみたいに星の森を散歩してたんだけどね、海を見つけたからしばらく向こうの方を眺めていたんだけど、よく見たら、凄い津波が起こっていたよ! ミクル、津波を見るの初めてだったからとても嬉しくて、喜んで眺めていたの。何か男の人が溺れていた様な様子も見えたんだけど……気の所為だったのかなぁ」
ミクルのその発言に、二人は顔を見合わせた。あの海では、滅多に津波なんて起こらない筈だ。起こっているとしたら、誰かが起こさせているのが殆どだ。自然に起こった歴史は無い。
「……ちょっと海の方へ行ってみましょうか」
そうして三人は、海の方へ走り出していった。
海では、物凄い津波が起こっていた。今にも荒れ狂いそうな程だ。いや、もう荒れ狂っているのか?
ミクルが昨日見た光景とは、全然違う様だ。三人はその光景を見て、あっけに取られていた。
「……こりゃあ、大事件ねぇ。そのうち星の森まで飲み込まれそうで、怖いわ」
カラスは、呆れ顔でそう言った。
「予想が見事、当たってしまったわね。星の森の中に、津波を操っている頭が可笑しい奴でも住みついているのかしら?」
ルルカも顔をしかめながら、そう言った。
「わぁ、凄いねルルカちゃんカラスちゃん! 津波がもうあんな処まで来てるよ! 迫力あるね~」
ミクルはただ一人、荒れ狂っている海を喜んで眺めていた。
滅多に津波が起こらない海に津波が起こっているという事は、星の森に勝手に変な幼女が住みついて、津波を起こしている可能性が高い。
いったい何の目的で、津波を起こしているのか。何か重大な理由があるのか。単なる気紛れなのか。
「こうなったら、星の森に何か変な奴や建物が無いか、探すわよ」
カラスはそう言って、右手にチョークを構えた。
「でも、誰が探すのかしら? カラスの他に探したい人、いる?」
ルルカが訊ねた。
「ミクルが探したーい」
「いや、此処は私が探すのよ。最近チョークをミクルにしか投げていないし、他の奴等にも沢山投げて、反応を楽しんでみたいわ」
「実を言うと……訊ねた私も探したいのよね。こんな事をした犯人が、どんな顔なのかも見てみたいし」
「………………」
さて、三人の中から誰が行くのか。
此処からルート選択になります。
まだ各ルートの話は執筆していませんが、気長にお待ち下さい。
まずはミクルルートの方から執筆していきたいと思います。
誤字や表現が間違っていたら、気軽に申しつけ下さい。