反対車線を歩く君
通行人の多い通りで、反対車線にいる君を見た。
きっと向こうにも歩道があるのだろう。そこを君は歩く。
あと8年若かったら、道路を渡って声をかけていただろう。
だけど今の私はもう声をかけられない。
はたと振り向いた君は、怪訝な顔をするだろうから。
年月が経った今、私はただの「昔の知り合い」。
結局、声はかけずに近場の喫茶店に入った。
前の人が頼んだものと同じものを注文する。
ええと、なんかクリームたっぷりの飲み物だな。
普段ならコーヒーに、お砂糖ひとつ。
だけれども気分が落ちているので、むしろ甘いもので良かったかもしれない。
仕事を進めるときはその店定番のコーヒー。なんとなく入店したときは前の人と同じものを頼む。
それは私の、ちょっとしたお茶目。
頭が回っていないときでも新規体験ができる遊び。
奇想天外なものが渡されたときには、そういう運。
なぜか、普通のコーヒーだと拍子抜けする。
ふと、隣席の人たちの会話が耳に入ってきた。
「どれくらい前の知り合いと連絡とる?」
まさに、今の私にジャストな話題。
「結婚式に呼べるくらいの人はたまに。いつも一緒にいたグループの人はお出かけに誘うときもあるけど」
「やっぱりそれくらいだよね」
20代女性という感じの会話。
ほら、やっぱりさっき、声をかけに行かなくて正解だった。
「でもね、なぜかそんなに親しくない人から手紙が届いたの」
「怪しい。何かの勧誘なんじゃない?」
「それが、そういう内容でもなければ、会って話そうというわけでもなくて」
昔の友人から連絡が来るときは勧誘を疑えっていうもんね。
「これなんだけど・・・」
しばし沈黙が落ちる。
手紙の内容を読んでいるらしい。
「・・・たしかに、害のなさそうな文だね」
「でしょ。返事を書いても大丈夫かな」
「そのくらいなら大丈夫でしょ」
内容が気になる。
「変化のない日常だから、たまにはこういうのも悪くないなって思った」
「そうかもね」
変化のない日常か。
社会人ってそうなりがちだものね。
手紙か。
・・・見かけたって、書いてみようかな。はがき一枚なら負担にもならないし。
うん、きっと悪くない。
新規体験の連鎖。学生の頃はそんなことばかりだったな。
私が席を立つとき、隣席はまだ談笑していた。