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おい、よそ見するんじゃねえ!

 状況説明。

 東京都S区K円寺南三丁目の片隅の袋小路のつきあたり。築45年の木造アパート、錦ハイム102号室にて三人の男たちによる突発的な会合が開かれている。

 車座になった三人の男たちの詳細は以下のとおり。

 錦ハイム102号室の賃借人である、山田ダチト。

 錦ハイムの家主であり賃貸主である、藤田たもつ。

 注・この二者の間には長期に渡る家賃滞納によるトラブルが発生している。

 藤田たもつの通報により駆けつけた警察官、氏名不詳。

 状況説明おわり。


「うーむ」やたらでっかい図体の警察官がコンビニの袋をがさがさしながら言った。「おたくの気持ちはわかるけどさ、おれら警察は……うーん、なんだっけ。ど忘れしちゃった。なんか、なんたらかんたらの原則っていうのがあってさ、だから、こういうあれには立ち入れないらしいんだよ」

「おまわりさんよ」山田ダチトが苛つきを隠さず口を出した。「なら、さっさと引き上げてくれよ。おれんちはあんたの休憩所じゃねえんだ」

「いまなんて言った?」警察官がぎろりと山田ダチトを睨んだ。

「ごゆっくりどうぞ、って言ったんだよ」

「ふむ。で……そちらのメガネの……」

「藤田です」

「ああ、藤田さん」警察官がコンビニおにぎりをためつすがめつしながら言った。「おたくのあれには同情するけどさ……うん? どうすんだ、これ……。だから、そのー、藤田さんがこいつにぶん殴られたとか、財布盗られたとかなら、こっちも動きようがあるけどさ……あれ? わけわかんねえな、これ……」

「おい、たもつ」山田ダチトが藤田たもつに耳打ちをした。「こいつ、すげえ馬鹿だぜ。おにぎりのフィルムも満足に開けられないらしい」

「今! 今この男、おまわりさんのこと、馬鹿って言いましたよ!」藤田たもつが山田ダチトを指さし必死に訴えた。

「なんだと?」

「違う違う、バナナは好きかな? って言ったんだよ」

「おう、バナナは好きだぞ。あるのか?」

「いや、ないけどよ」

「なんだと?」

「ほら、おまわりさん、こいつは口からでまかせばっかり言うんですから! 騙されちゃいけません、こいつは極悪人ですよ、私が保証します! 今すぐしょっぴいてください、今すぐに!」

「おまえ、おれを騙したのか?」警察官が凄みながら少し腰を浮かせた。

「まさか! おれ、嘘つかない、敵じゃない、味方。言ってる意味わかる? よし、証拠を見せてやる」そう言って、山田ダチトは警察官の手からコンビニおにぎりをひったくった。

「よーく見てな、ぴろっと出てるこの部分、こいつを引き下ろす」

「ふむふむ」

「すると、な? このとおりフィルムが真っ二つだ……おい、よそ見するんじゃねえ!」

「すまん、つい」

「で、だ。こことここ、両端をつまんで……こうだ! な?」

「おお、すげえ」

「ほらよ」山田ダチトが警察官にコンビニおにぎりを投げてよこした。「上出来だろ。海苔だってパリパリだぜ」

「はぇ~、鮮やかなもんだ」警察官が尊敬の眼差しを山田ダチトに向けた。

「腹ごしらえが済んだらとっとと出てってくれ。生憎おれは忙しいんでね」

「なにが忙しいだ」藤田たもつが異議を申し立てた。「あんたちょっと前にバイトをクビになって、それ以来一日中寝転がってるだけじゃないか」

「たもつ……おまえがなぜそれを……?」

「ふふん」藤田たもつがメガネをさりげなくクイッと上げた。「○○ストアK円寺南口店惣菜コーナー」

「たもつ、待て待て待て待て」

「作業のあり得ない遅さと態度の悪さをパートの女性陣にねちねちと叱られ続け」

「よせよ、たもつ、よせって」

「出勤三日目に癇癪をおこし、ボウルの中のポテトサラダを床にぶちまけて逃亡、そのままクビ」

「えーっ! それほんとか?」そう言って警察官が興味津々の様子を見せた。

「確かなスジの情報です。ですよね、山田さん」藤田たもつが得意げに言った。

「すげえ笑える」警察官が言った。

「いい歳こいてあれじゃあどこに行ったって通用しないよ。私に情報をくれた方の言葉です」

「くっそー、たもつのくせしやがって……おれに精神的苦痛を与えるとはなかなかやるじゃねえか」


 その後しばらく山田ダチトのバイト話で盛り上がった。山田ダチトはものすごく恥ずかしそうに振る舞ったが、実のところはぜんぜんへっちゃらだった。ただ、藤田たもつがあまりにも楽しそうにしていたので、そいつに付き合ってやったのだ。山田ダチトは怠け者のクズ野郎だったが、そういうところは心得ていた。要はバランスだ。おちょくったらその分おちょくられてやる。嫌がらせをうけたらその分嫌な思いをさせる。その辺のバランス取りのコツさえ掴めば金がなくたってそれなりに生きてゆける。必要以上に、愛されず、嫌われず。

 だが、山田ダチトは考えていた。白石つぐみは、いまの自分を見てどう思うだろうか、と。いまの自分は、白石つぐみに背中を押してもらう価値があるのか、と。


 そんなことを山田ダチトは考えていた。じっくりと考えていた。

 おれは年を食った。日に日に醜く、日に日に狡猾に。おそらくつぐみも相応に年を食ったろう。つぐみも醜くなっているのか? おれのように? つぐみも小ずるくなっているのか? おれみたいに? いかん。まったく想像ができん。だが、おれは確かめねばならん。白石つぐみとは一体何なのか。そいつを確かめねばならん。おそらく天使かなにかだと思うんだが。

 そんなことを山田ダチトは考え続けていた。

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