第75話 二人でラブラブ夏のリゾートに出発
「ねえ、ユウ君。お姉ちゃんと旅行しない?」
テレビを観ていた百合華が、思いついたように言う。
季節は八月に入ったばかりの週末である。
世の恋人たちは茹だる様な暑さの中でも、街へ海へ山へと出掛けて健全なのに、この二人ときたら家の中で変なプレイばかりなのだ。
義理の姉弟ということもあり、学校や外でイチャイチャする訳にもいかず、溜まりまくった百合華の欲求不満が家で炸裂気味なのかもしれない。
そんな百合華が、ちょっと健全になったのだろうか?
いや、知っている人がいない場所で、思い切りイチャイチャしたいだけなのかもしれない。
「旅行って、何処に行くの?」
リビングのソファーでくつろいでいる悠が聞いた。
くつろぐと言っても、すぐ隣に百合華が寄り添っているのだが。
いつもいつも密着していて飽きないのかと思われるくらい毎日ベタベタしているのだが、飽きるどころか暑さも何のそので益々ベタベタしまくる今日この頃だ。
「ほらぁ、今テレビでやってた流れるプールの。私もユウ君と行きたい。ちょっと車で走ったところにあるでしょ。明日から一泊でゆっくり行こうよ」
一泊旅行を提案する百合華。これは何か企んでいそうだ。
「でも車が無いよ。それにお金も掛かるし」
車で移動する場所ということもあり、悠は躊躇いがちだ。
「車は駅前でレンタカーを借りて行こうよ。お姉ちゃんの運転で」
「ええっ、お姉ちゃん……運転できるの?」
「免許は大学の時に取ったでしょ!」
姉の運転が未知数で、悠は心配な顔になる。
「う~ん、ホテル代とかレンタカー代とか」
「そんなの私が出してあげるから」
「でも悪いし……」
「ユウ君」
百合華が少し真面目な顔になった。
「これは前から言おうと思っていたんだけどね。ユウ君は気を使い過ぎだよ。私たちは家族なんだから、お金のことは心配しないで頼れば良いんだからね。子供の頃も、お父さんにお小遣い貰うの遠慮してたでしょ? 欲しい物があったら必要な分だけ言っても良いんだよ」
「そんなに欲しい物が無いというか……お小遣いは決まった分を毎月貰ってたし」
悠は、それほど物欲が多くなかった。
ブランドものにも興味は無いし、人の持っている物も欲しがらない。
ただ一つを除いて。
「俺が欲しいのは……お姉ちゃんだよ」
「えっ……」
突然の告白に百合華は息をのむ。
「欲しいのは、お金や物じゃないんだ。昔は家に帰っても誰もいなくて、お母さんが仕事から帰るまで一人きりだったから……。お姉ちゃんと出会ってからは、毎日が楽しくて、朝は『おはよう』って言ってもらえて、家に帰れば『おかえり』って言ってもらえて、寝る時は『おやすみ』って言ってもらえる。何気ない日常でも笑い合える人がいる。それが一番幸せなことなんだよ。俺にとっては」
悠は本心を伝えた。
あまり百合華の前では言わなかったのだが、悠にとっては百合華との出会いこそが一番の宝物で、一番欲しかった大切なものだったのだ。
「ユウ君…………」
「お姉ちゃん…………」
見つめ合う二人。
「嬉しい……私も、私もユウ君が一番大切だよ。ユウ君と出会えたから前向きになれたの。ユウ君がいたから私の人生が上手く行くようになったの。ユウ君のおかげで幸せだと思えるんだよ」
百合華も想いが溢れ出す。もう止められないくらいに。
「ユウ君!」
「お姉ちゃん!」
「ああんっ、ユウ君、大好き」
「俺も、お姉ちゃんが大好きだよ」
お互いに昂ってしまい、強く抱きしめ合いキスをする。
「んっ、ちゅっ……んあっ――――」
感極まって熱々なラブシーンになった後、百合華が照れ隠しで「こほん」と言ってから話し出した。
「えっと、とりあえず旅行は行くからね。ユウ君は気にせず旅行を満喫すること!」
「は~い」
「じゃあ、予約予約っと」
「今から宿の予約なんて取れるのかな?」
スパパパパパパパ――――
百合華が凄まじい速度でスマホをタップする。
そう、この姉ときたら。
普段は下着姿でフラフラしたりぐでっとしているのに、悠とイチャイチャする為なら超高速で頭脳が働くのだ。
「ユウ君、宿とレンタカーの予約取れたよ」
「速っ! 超速っ!」
そんなこんなで、二人は一泊二日の旅行に行く事になった。
◆ ◇ ◆
翌日――――
レンタカー屋で契約を済ませた百合華は、颯爽と車に乗り込む。見た目だけは凛々しい女性プロドライバーのようだ。
いよいよ出発となるのだが、悠は少しだけ百合華の運転を信用していなかった。
そもそも運転しているところを見たこともなく、姉と車が結びつかない。
「え~っと、ミラー良し。シートベルト良し。あと何だっけ?」
悠の心配を他所に、百合華は教習所で習った実技を思い出していた。
「お、お姉ちゃん……安全運転で頼むよ」
「ちょっと、ユウ君、今は話しかけないで」
「うっ、不安しかねえ……」
前や後ろを安全確認し、いざ出発となる。
百合華がシフトレバーをDに入れた。
車は少しずつ前進し、店の駐車場から道路へと向かう。
ブゥゥゥゥーン、ガックン!
突然、急ブレーキを踏む百合華。
ガクッと前につんのめりそうになった悠は、慌ててドアを開けようとする。
「うわぁぁぁぁ! やっぱ俺降りる!」
「大丈夫だから。すぐ慣れるから。そんな冗談やめて」
「冗談じゃねぇぇ!」
ブロロロロロロロ――――
ガックンガックンしたのは最初だけで、走り出したら普通に運転できているようだ。
百合華がアニメの女教師ヒロインによくある、クルマに乗ると暴走するキャラじゃなくて悠は安心した。
悠の記憶が確かなら、何故かアニメの女教師キャラといえば、超ヘタで暴走するか走り屋系アニメのようにドリフトするかのどちらかである。
「ふぅ、良かった。お姉ちゃんが普通で」
「普通って何よ」
「ほ、褒めてるんだよ」
緊張してハンドルにしがみ付いているが、とりあえず安全運転なので一安心だ。
高速道路に乗って都会を抜ける頃には運転も慣れて頼もしささえ感じるになった。
さすが地上最強の姉だ。
「でも、急に旅行って、どういう風の吹き回し?」
不意に悠が問いかけた。
「ユウ君ってば、気付いてないの?」
「えっ?」
百合華が拗ねた表情で口を尖らせる。
「ユウ君が若い子とプールでイチャイチャしたからでしょ。あの子たちと水の中で肌と肌を重ねて、こう大事なところが密着しちゃったとか考えると、もうお姉ちゃん居ても立っても居られないの! ユウ君とプールで密着してイチャイチャしないと我慢できないのぉ~」
まだヤキモチは続いていた。
「ええぇ……それは、先日のオシオキで許されたはずでは?」
「ぜっんぜん足りないからぁ! 宿でもみっちりするからね」
「くぅ……先が思いやられる……」
宿でもエッチなことをする気満々の百合華だ。
これからプールで遊ぶというのに、もう夜のことを考えているのはどうなのか。
先日のオシオキでは、本当に朝までキスされ続けたのだ。
アロマオイルによるリンパマッサージよりも、百合華のキスやペロペロの方が断然性欲増進効果があるように感じた。
アウトにならないように危険な場所だけはされなかったのだが。
両耳を何度もキスした後に、くちびるを長時間吸われ、首筋、鎖骨、胸板、腋、腕、お腹ときて、太ももまでも。
しかもギリギリシャツで隠れる部分にキスマークまで付ける始末だ。
百合華としては、『悠は自分のもの』という独占欲での行動だろう。
チラッ――
悠がシャツを捲って胸元を確認する。
「まだ、跡が残ってるんだけど……」
「えへへっ、ゴメンね、ユウ君」
「これ、プールで恥ずかしいやつ」
「ふふっ、キスマーク付けたままプールで皆に見られちゃうなんて、ユウ君ってばイケナイんだぁ~」
「誰のせいだよ……」
自分のものというキスの刻印をして公衆の面前に立たせるという、ちょっと背徳的で禁忌な感じの行為に、百合華の心がウズウズムラムラと疼きまくってしまう。
「ふふっ、ふへへっ……イケナイんだぁ~」
ニマニマ笑いが止まらない百合華だ。
高速道路を少し走ったところで、悠は後ろのクルマの車間距離が近いことに気付く。
百合華は法定速度で走っているのだが、法定速度では満足できないドライバーも多いのだろう。
「何か、後ろのクルマ……煽られてるのか?」
悠が後ろを振り向くが、やはり煽り運転のようだ。
「ユウ君、どうしよう……」
百合華はハンドルを握りしめたまま真っすぐ前を見て呟く。
「すぐそこのサービスエリアに入って休憩しよう」
「うん」
百合華がサービスエリアに入ると、後ろのクルマも後にピッタリ付けたまま車線変更し入ってきた。
(マズいな……変な奴に目をつけられたか……。ここは、俺が神聖不可侵のお姉ちゃんを守らないと!)
悠が、百合華の騎士になろうとする。
神聖百合華騎士団ユー・エターナル・ブライトストーン再びだ。
バタン!
駐車場にクルマを止めると、近くに止めたクルマから煽り男が降りて向かってくる。
「マズい、こっちに来た。ここは俺が守る!」
「ユウ君、危ないよ。降りないほうが……」
「お姉ちゃんはここで待てって。ドアはロックしてね」
ザンッ!
ズズン!
悠と煽り男が対峙する。
悠としてはケンカは避けたいのだが、姉に危害が向かわないように食い止めることで頭がいっぱいだ。
「てめぇ、トロトロ走って邪魔なんだよ!」
イキった煽り男が怒鳴り声をあげた。
どうやら、助手席に乗っているヤンキーな彼女にイイところを見せたいのだろう。
この界隈のヤカラは、乱暴な言葉で乱暴な行為をするとモテると思い込んでいるから面倒だ。
「おまえ、どこ中だよ? 俺はエレぇ先輩を知ってんだぞ! んぁあん!」
絶滅危惧種のようなヤンキーだった。
エレぇ先輩とやらの、他人のふんどしで相撲を取ったり虎の威を借る狐といった感じだろう。
もはや、どこ中とか意味不明だ。
しかし、意味不明なのは悠もだった。
「俺は、神聖リリウム王国第三管区王立騎士学校卒、神聖百合華騎士団ユー・エターナル・ブライトストーンだ!」
ちょっとテンパってしまった悠が、中二病全開で脳内設定を披露してしまう。
どこ中に対し中二だから拮抗しているのかもしれない。
「うっ、なに言ってんだコイツ……ヤベぇ奴だな」
煽り男が怯んだ。
「お、おい、ここはお互い女を乗せている事だし、喧嘩は止めないか?」
悠は停戦を申し入れる。
「いや、勢いよく喧嘩吹っ掛けた手前、ここで引くと俺が女の前で恥をかいちまうだろ! とりあえあず一発殴らせろ」
やっぱり小者な煽り男だった。
「やだよ、痛いし」
悠は失敗を悟った。
百合華を守りたい一心で飛び出してしまったが、最初からクルマの中にいてドアロックするのが正解だったのだ。
専門家も、そう言っていた。
「おらっ!」
ドスッ!
「いてっ」
肩を突かれてよろめく悠。
ブッチィィィィィィィィーン!
何かの切れる音と共に、魔王のようなオーラを出した百合華が車から降りた。
「私のユウ君に何してくれてんのよ!」
「お、お姉ちゃん、危ないから出ちゃダメだって」
悠が百合華を庇うように前に入り止める。
すると、後ろのクルマからも女性が降りた。
「ごめんなさいね、うちの旦那が。この人、昔のクセが抜けなくて」
そう言った女性が、煽り男の耳を引っ張ってゆく。
「痛てぇ、痛ててててぇ、許してくれぇ」
「早く行くよ!」
ブロロロロロロロ――――
そのまま去って行った。
奥さんがマトモで助かったようだ。
「危機は去ったぜ」
勝ち誇る悠だが、百合華はご立腹だ。
「ユウ君! 危ないでしょ! 怪我したらどうするの?」
「だって、お姉ちゃんを守ろうとして……」
「ユウ君が怪我しちゃったらダメでしょ」
「うん」
車に戻った二人だが、変なアクシデントでお互いに気分が高揚してしまう。
猛烈にイチャイチャしたくなってしまったのだ。
これも一種の吊り橋効果なのだろうか?
「ユウ君……もう危なっかしいんだからぁ……でも、ありがとね……ちゅっ」
「お、お姉ちゃん、外から見えちゃうよ」
悠はシートを倒した。外から見えないように。
「ユウ君♡」
「お姉ちゃん」
少しの間だけ、車の中で隠れてキスをした。




