女騎士は女を失くす
右目に映る地獄という世界が、一度暗転する。しかし、それ以前に自分の末期を男を通じて実感させられたアイリスの精神は既に漆黒に染まっている。
でも続く。
まだ終わらない。
「自分の最期が想像できたかい? でも、お前の終わりをお前が殺して蹂躙してきた死者に任せるつもりはないさ。お前は僕に奪われるだけだ。理不尽なる強者に貪られるだけ」
「…………」
言葉を吐く気力がアイリスにはない。
そして、悪魔は消沈しているだけの時間を彼女に与えない。
悪魔がまた右手を動かす。今度は前に突き出した右手を握りしめ、一気に引き戻した。何かを引きずり出すようなジェスチャー。
それと連動して、ぶちゃあ、と勢いよくアイリスの大腸が小腸が腹を突き破って飛び出した。宙に浮かんだアイリスの腹から、でろり、と内臓が垂れて地面にぎりぎり届かないくらいまでに伸びていく。
空腹にも似た腹部の欠如感。
「お、おぷぁ……」
食道と胃に残っていた食物をアイリスは吐瀉する。
けれど、確かに失われた損なわれたという実感はあるにも関わらず。
痛みがない。
これまでで一番視覚的にも異常なダメージが与えられたのに。
痛みがないのだ。
それがアイリスの精神を著しく不安定にした。いくら攻撃を受ける機会が少なかったとはいえ、アイリスが生きてきたのは騎士の世界。打ち合えば当然鎧から鈍い痛みが伝わってくるのが自然な世界だ。
「わ、私から、痛みまで奪うのか……」
アイリスは泣いている。痛みという負の要素すらアイリスを既定していたのだと気付かされる。自分の身体なのに自分ではないような。権利を剥奪される感覚。子供のように心細くなった。
「そうだ。お前は僕のおもちゃなんだ。感覚さえも好き勝手される。当然だろ?」
悪魔はアイリスの泣き顔に目を細めて鼻で笑う。何を当たり前なことを聞いているんだ? と。
「次は何がいいかな……お前はせっかくシスターばりの純潔を保つ女騎士だから、性的に犯すのはつまらないとは考えていたんだけれど……でも、お前にも出産の喜びくらいは与えてやってもいいかもな」
小腸大腸が抜け落ちて、空になった腹部にじわりとした熱を感じた。
視界の端に黒い虫が見えた。蟻に似た虫がアイリスの内臓を食っている。痛い。アイリスの中で食われている感覚だけがリアルだった。ぺしゃ、とアイリスはもう一度吐瀉するがもう何も吐くものがなく、よだれとも胃液ともつかない液体が口元から垂れ落ちるのみだった。
「お前には性的な快楽は必要ない。膣から虫を侵入させるのは定番だけれど、せっかく腹を空にしたんだ。子宮を直接食い破るのもオツなもんだろ」
食われる。穴が開けられる。そして這入ってくる。
一度もセックスなんて経験することはないはずだった。そういう形でヴァレリア王の寵愛を望んだことはない。騎士として生きてきた時、敗北して陵辱することを想像することすらなかった。
まだ子供だった頃、普通の女としての人生を考えたことがないわけではなかった。それでも成長して騎士になった時、そして騎士長になった時、普通の女にはできない人生を歩めることが、アイリスの誇りとなった。
そして今。
アイリスの子供を育む為の器官が、勝手に使われている。悪魔にはアイリスの心を一片も慮る気配はなかった。ただ踏みにじる為だけに行動している。
蟻に似た虫は卵でも産みつけているのだろうか。伸縮する子宮は次第に膨張していき、パンパンに膨らんだ。
加速する成長は、この短期間で卵から虫の幼虫を孵す。子宮が内側から弾けた。アイリスの女としての機能を破壊し、勢いよく溢れ出した無数の虫の幼体は、まだ黒く色づいてはいない。薄い緑色をしている。蟻に似たその虫は、親と同じくアイリスの肉を喰らい始めた。痛みは熱としてアイリスの意識をいたぶり続ける。しかし、もう声を上げることはなかった。声帯がほぼ機能しないのもあったが、アイリスには声を上げる気力が湧かなかったのだ。
「カマキリという虫は、雌が子供を産む栄養の為に、性行為をした相手の雄を食うらしいぜ。お前も自分の子宮から産まれた虫の子供の責任をとって、食われればいい」
悪魔が好き勝手なことを言っている。だが、遠い。アイリスにはすべてが遠く思える。
実際に腹が食われているのに、それすらも彼女にはどこか他人事のように思えて――そんな感覚に浸っていた時、ぶつり、ぼた、と下半身が落ちた。
内臓がこぼれ落ち、肉も骨も虫に齧られ、削り取られ、脚と尻の分の体重を支えきれなくなったのだろう。
アイリスに残っているのはもう上半身だけだった。