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女騎士への冥土の土産

「多分、お前にも十分認識できただろう。こちらが上で、お前が下なんだと。だけど、こういうのは確認が大事なんだ。再確認しよう」

 骸骨の男は右手を掌を上にして目の前まで持ち上げた。

 そして、小指から順にジワジワと右手を握り込んでいく。

 それと連動するように、アイリスの両手の指もへし折られていく。

「ぎぃいっ……ぐ、あ、あああ……ああああっ」

 押し殺したような悲鳴。既に捻じ折れていた右手小指だけは千切れ飛んだ。

 今度の折れ方はバネのようだった。指の関節それぞれが可動域の反対のへし折られ、グネグネと。奇妙な滑稽な形で止まる。

 それはアイリスに激痛をもたらすと共に、指に正常な形で力を入れることがもう完全に不可能であるという現実を突きつけた。

 ……もう剣を握ることは一生できない。

 もう死んだようなものだと思っていた。それなら一思いに殺してくれればいい。しかし、男はそれを許してはくれない。騎士として生きてきたアイリスに、何度も何度ももうそれは不可能になったと諭してくるのだ。

「もう、やめろ……」

「そう言われてもやめないっていうのは、もうわかってくれたと思うけど」

「…………」

 押し黙るアイリスだったが、次の男の行動は彼女の精神を狂乱に押し流すものだった。

「じゃあ、次にお前に冥土の土産というヤツをくれてやるよ」

 その言葉と同時に右目の視界が消えたのだ。今の世界の映し出しているのは左目だけ。次の瞬間、アイリスは右目が欠損しているのだと気付いた。しかし、痛みはない。それが不気味だ。

「な、何をした……?」

「君たち人間が妄想する天国や地獄といった死後の世界は存在しない。しかし、似たような世界はある」

「てんごく?」

「そうか。君の世界では宗教っていうのが 根付いていないんだったね」

「死んだ後には、何もないはずだ」

「違う場合もあるのさ。例えば僕みたいな悪魔が暇潰しに死んだ魂で遊ぶ場合もある。こんな風にね」

 唐突に右目の視界が暗黒から切り替わる。右目と左目に違う世界が映る強烈な違和感。やがて、右目の世界に彼女の精神は同調する。

 視界が低い。どうやらアイリスは倒れている。いや、痩せ細った身体はアイリスのものではない。誰か別の人間の、別の男の身体の感覚と彼女は同調している。奇妙な感覚だが、悪魔だという男のやることにもういちいち驚くことが億劫になっている。

 世界は赤い。空も赤ければ地面も赤い。不毛を感じさせる世界だ。

「ここは僕の作った地獄だ。今君がなっている男は、生前とても豪奢な日々を送っていたのさ。何人もの奴隷を使い潰し、極めて贅沢な飽食の日々を送っていた」

 アイリスの視界に映る男の姿は、そんな生活を微塵も連想させなかった。肋骨が浮き出るほどに男はやせ衰えていた。

 生前と死後の姿は関係ないのだろうか? そもそも死後の世界という発想が存在しなかったアイリスはそう思うが、しかし、それは間違いであると知る。

 正確には気付く。地獄にいる男を今も恐怖のどん底に陥れている存在の正体に。

 それは足の指の痒みだった。

 虫にでも集られているのかと思っていた。

 しかし、どんどん痒みは痛みとなり、大きくなっていく。

 その正体は。

 子鬼だった。

 足の指の先程度の大きさの赤い身体の小さな人間、腰布以外は全裸で頭に小さな角を生やした鬼が、男の足の指を齧っている。何匹も何匹もいる。最初は躊躇いがちだった鬼も、どんどん男の肉の美味さに魅入られていく。ガジガジと食う。美味そうに食う。愉しそうに食う。それこそが愉悦なんだと彼らは知る。

「その男にたかっているのは生前男が使い潰した奴隷の魂だ。それが子鬼になったんだ。男は自分が飢え死にさせた奴隷に奪われているんだ。今も奪われ続けているんだ」

 喚きたい気分だった。感覚だけ共有させられて、食われている。啜られている。それなのにアイリスは声を出すことができない。アイリスは男ではないから。

 男の真の苦しみは食われることではなかった。

 贅沢さを象徴する脂肪、それは子鬼に食われる毎に減っていったのだ。もう脂肪なんて残ってない。

 食われるごとに足の指が削れていってはいない。だけど、存在の体積は減っている。

 男の腹はどんどん窪み、最終的には皮だけになり、背中の皮とくっつくかもしれない。

 その時、男は生前に築き上げてきたと思っていた裕福さ、財のすべてを失うと同じことになるのだ。

 自分の人生はただただ地獄で啜られ、食べられるだけに存在していたという事実。

 虐げてきたと思った奴隷に、最終的には食われるだけの死後。

 すべての人生は無意味で、奪われるためだけにあった――男はそれを十分に理解していて、そしてもう全部を失いかけている。

 でも、拷問は続く。

 最後の一片まで食い尽くされるまで続く。

 男は自分の間違いを数え続けていた。それは何度もくり返され、数える意味すらもうわからない。

 でも、それが合っているのかはわからない。男は間違ったからこんな目に合っているのか? 悪だったこそ滅ぼされているのか? 意味を喪失した男に答えが与えられることはない。

 永遠に。

 永遠に。

 我が事のように感じる男の終焉に、アイリスはこれが自分の将来なのだと重ねた。

 自分も奪われた。でもそれはただの途中だ。奪われ尽くすまで、終わらない。


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