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女騎士は人生を奪われる

「な、何をした、何をした――お前はッ! 今! 何をしたんだ……!」

 動揺から問い質すアイリスは同時に頭で計算している。右小指がこのような形で損傷してしまえば、それだけで全力で剣を振ることはできなくなる。相手は挨拶レベルの技で、自分の戦力を大幅に削ってきた。

 部下の騎士の状況を鑑みれば、恐らく遠隔的に人を瞬殺できる術を持っている。

 ――勝てない。

 機を見て騎士王国まで撤退し、ヴァレリア王だけでも逃して、国を存続させるべきなのでは……。

 しかし、そんなアイリスの瞬時の逡巡は、次の瞬間には無益と化した。

「まずは動きを封じさせてもらおうか」

 骸骨の男が右手を頭上まで持ち上げた、それだけでアイリスの身体は宙に浮かび、身動きが取れなくなった。

「――――!?!?」

 アイリスには理解できなかった。ワンアクションで自分を拘束したその手法。しかし、一番理解が及ばなかったのは、感触から縄のようなものとわかる拘束具が、目に見えないことである。

 動作は最小限でよく、しかも攻撃が目に見えない。こんな相手にどうやったら勝ちの目がある?

 アイリスにとっての常識である騎士としての戦いだったら、遅れを取るつもりはない。しかし、すべてが常識外からの襲撃だとすれば、そもそも勝ち負けの話すらできない。ルールから逸脱する例外。

 アイリスは個人で相対した時に、即座に自分と相手の力量差を測ることができた。それゆえになおさら今の状況に強い絶望感を抱いてしまう。もう王に報せを届けることすらできないだろう。

「くっ、こんな拘束に何の意味があるという――私も部下や村人同様、さっさと殺せばいいだろう!」

「縛られても勇ましいことだね。確かに村人や君の部下は見た瞬間に殺したけれど、でも君はなかなか楽しく遊べそうだ。身体も精神も強靭そうだからね」

 やはり言葉遣いに違和感を持った。大男の外見の割に、口調や声色がまるで子供のようだ。姿も偽っているのか。しかし、それは重要なことではない。

「君たち騎士王国の隊長は、特別に王の家名をいただくんだってね?」

「……ああ、そうだ」

 問答に意味はあるか? 舌でも噛み切ってしまった方がいいだろうか。時間稼ぎして状況がよくなる可能性は高くないように思える。何が目的だ? 喋る内容にも細心の注意を払わなくてはならない。

「騎士隊長はヴァレリア王の王妃のような扱いになるわけではない。逆に騎士隊長になった時点で、男女問わず、肉体関係や血縁関係がないままに、ヴァレリア王の家族として扱われる。そして、一生誰かと家庭を築くことはなく、女性だったら処女のまま、男性だったら童貞のまま、人生を戦場で武力を誇ることに使うわけだ。ストイック極まりない。ある意味ではシスターのようじゃないか」

「それが一体どうしたと言うのだ!」

 シスターという単語はよくわからなかったが、アイリスにはそれは既知の事実の確認に過ぎない。しかし、骸骨の男はアイリスから聞く前に騎士王国の内情に知悉しているということでもある。一体目の前の男はどういう存在なのか。アイリスにはまるでわからなかった。

「人の三大欲求の一つである性欲を封じ、獣性にも似た戦闘欲に、殺戮欲に、蹂躙欲に身を任せる。なかなか因果なものだと思わないかい? 他者を圧倒し、人を殺し続けてきた君が、最後にこうやって踏み潰される側に回るというのは」

「違う! 勝者とは常に勝ち続けるものだ! それが世の中の道理だ! 何が悪い! 殺し続け、勝ち続け、圧倒し、蹂躙し、すべてを得るまで進み続けることが!」

 その啖呵はアイリスの最後の虚勢だった。彼女の現状は今の言葉を否定している。勝ち続けることはできなかった。最後に負けた。もう勝てないこともわかりきっている。それでも騎士としての誇りが、せめて言葉で戦おうという意志に繋がった。

「何も悪くないし、何も間違っていない。君たちよりも強い者が現れれば、それで終わるというだけのことだ」

 そして、男はどこかから取り出した球体を、こちらに向かって転がした。

「――このヴァレリア王のように」

「…………あ、」

 それはとんでもない気安さだった。その球体はヴァレリア王の首だった。アイリスが一生をかけて尽くすと定めた主の首だった。それに一瞬でも気付くのが遅れた自分が恥ずかしい。

 しかし、骸骨の男にとっては、ヴァレリア王は部下の騎士と同じようなものなのだ。同様に価値がなく、同様に踏み潰しても何も思わない虫けらのようなもの。

 それを認識した時、アイリスの最も重要な何かが壊れた。自分の人生の物差しを根本から破壊された。

 これまで培ってきた武の道も、王への親愛も、すべては無意味だったのだ。こんな風にひと吹きで消え去るようなものでしかなかったのだ。

 自身の一番重要なモノをゴミのように扱われて――しかも自分には何一つそれに抗うことができない。

 自分を真っ二つに折られた感覚に最後に言葉で戦おうという意志すら失い、その声は震えた。

「こ、殺してくれ――もう終わらせてくれ。あんまりだ。もう生きている意味は何もない。認める。お前には勝てない。王も死んだ――お前に殺された。わかった。もうわかったから――わ、私のことを、殺して」

「いいだろう。ただし、お前には思いもつかない方法でいたぶってからだ」

「……っ」

 もう十分に折られた。ここが最低だと思っていた。けれどこの男は、すべてを失った私から更に尊厳を奪っていくというのか。

 いいだろう。もう好きにするがいい。

 そして、拷問が蹂躙が始まる。


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