女騎士と悪魔の遭遇
村に辿り着くと異様な静けさが際立った。
いくら数人が消失したとはいえ、騎士王国の騎士が来ると事前を報を送ったというのに、歓迎もないとは。アイリスはそんなことに腹を立てる質ではなかったが、これまでの経験から、それがどれだけ特異な事態かは理解していた。
それから部下と手分けして、村の家々を訪ねて回った。
「……どうやら村にいる全員が消えているようですね」
「ああ、そのようだ」
アイリスは顎に手を当てて考える。野盗であれば数人を拉致してそれを人質に村人から食糧を取り立てたりするはずだ。奴隷にするために根こそぎに拐ったというのか?
やはり、何かがおかしい。
「村の周囲を見回っていた他の騎士が帰ってきませんね」
「そうだな。流石に殺られるとは思えんが……何かあったか?」
アイリス直属の部下だ。それこそ他の騎士隊長クラスでなければ勝つことは難しいだろう。
「様子を見に行ってみるか」
パリスの方を振り返ったアイリスは動きを止めた。そこにいるはずのパリスの姿が消えている。気配が一瞬で忽然と消失した。
「……パリス? この村で何が起こっている?」
状況の把握の為に村の中央へと向かったアイリスを迎えたのは、果物のように綺麗に積まれた部下の首だった。
最上部にはついさっきまで言葉を交わしていたパリスの首があった。
「ふざけたことをしてくれる……!」
激して短く言葉を吐くアイリスであったが、しかしこの未知の敵にどうしようもなく高揚を感じている自分も否定できなかった。
そして、その敵はそれ以上姿を隠すことをしなかった。
それはいつの間にか、アイリスの正面に立っていたのだった。
それは黒く巨大な男であった。
頭部は骸骨だが、しかしその中身は空ではない。漆黒の闇が詰まっており、眼窩に浮かぶ青い光点が意志を感じさせた。
頭の上部には山羊のような角が生え、口元には猪のような牙が見える。
肉体は人間の裸体を模しているが、性器は見えなかった。骸骨の中を満たしている暗黒でそのまま成形したかのような質感。引き締まった筋肉をしているし、ヴァレリア王よりも身長は高いだろう。
しかし、アイリスはその姿に脅威を感じなかった。戦士としての直観が、相手は武力を持つ存在ではないと判定を下していた。
いや、だからこその特異なのだとアイリスはすぐに思い直す。武力を持たない相手にこの村の人間も、騎士王国でも有数の実力者である直属の部下も殺されたということなのだから。
「ああ。お前はこの近くのヴァレリアとかいう国の――女騎士か」
男の声はその巨大な容姿とは異なり、子供のように高く通るものだった。聞きながら男は手を目線の高さに持ち上げ、親指と人差し指を近づけ、『ちょっと』を表現するようなジェスチャーをした。
そして、それが攻撃だった。
「ぎッ、いいぃいいっ?!」
まだ二十歩以上離れたその間合いで、たったそれだけの仕草だけで、アイリスの右手小指が捻じり折るように三回転半した。
アイリスにとってもはや敵となりうる相手はほとんどいなかった。だから攻撃をまともに食らう機会というのがそもそも少ないのだが、それでもダメージが想定されていれば、こんな無様な声を上げることはしなかったはずだ。
中世の剣と鎧の世界における武力としては、ほぼ最強の域であるアイリス。しかし、それは肉体しか攻撃手段を持たぬ対人戦においての話でしかない。
この世界に魔法はない。
この世界に超能力はない。
未知の異世界から来た目の前の悪魔に、アイリスが対抗する手段は、まったくと言っていいほどなかった。