プロローグ(8)
ボク……? ボクこそが、さっきみたいな【呪い】をかける相手に相応しい……?
だからさっきから、【呪い】について教えていた……?
この【呪い】をかけやすくするために……?
そうして知れば知るほど、かけられていることが分かれば分かるほど、【呪い】の効果は強くなるのだから。
「転生人というのは、この世界にとってはかなりの脅威でさ。
そうだね……イオリに一番説明しやすいのが、今こちらが所属しているこの学校かな」
「学校……?」
「今日のこの出来事を踏まえて考えてみてほしいんだけどさ。
こんな自由に動き回れる、【呪い】なんて世間的に認知もされていないものを扱うのが『学校の中の一学科』なんてこと、あり得ると思う?」
「? 意味が……」
「これまでは、勝手に集めて、勝手に教えてたんだ。
それがどうだ? 数年前、いきなり学校の中に、【呪い】を扱う学科が出来て、先生になってた。
組織体系もよく分からない形なのに、どういう訳かしっかりと、パッと見は制度が整ったように見える形でね」
「それは……この国がそういう風にしたんじゃないですか?」
「だとしても、先生になる奴が何の連絡もなしに、いきなり翌日から先生の席を用意されているというのは、おかしいだろ」
「それは……まあ」
「……こちらが何を言いたいのか分かっていないか。
まあ、そうだな。それで良い。
なんせこちらは敢えて、分かりづらくなるように言っている。
この会話すらも確認だからさ。
イオリのコレが転生人だからこそのものなのか、イオリ個人の与えられた異能故のものなのか、理解したかったからな」
「……ボクの、異能……?」
「こちらは何となく分かっている。だけど教えるつもりもない。
【呪い】のことを教えること自体が、危険な橋を渡っているに等しいからな。
でも、与えられた異能であるが故でないことは分かった。
キミがまだ自分の異能を自覚していないのなら――自覚しながら騙しているようにも見えないから……だから、教えよう。
こちらが転生人の何を警戒し、こんなことまでしていたのかを」
そこで一度言葉を区切った先生は、教えてくれた。
「転生人は、自分が望む結果になるよう、世界を不自然に作り変えている。それも、無自覚に」
「…………」
言っている意味が分からず言葉を失うボクに、先生は補足するよう続けてくれる。
「数年前、いきなり学校の中に【呪い】を扱う学科が出来たと言っただろ?
普通の学校があっただけなのに、急に空き教室だった場所がこの学科の教室となり、職員室にも俺の席が用意されていた。
そして周りはそれについて、何の違和感も抱かない。
まるで最初から、そうであったかのように。
……とはいえこれは、本当に些細なものだ。
他の国では、急に街の一部が森で囲まれ、そこに住んでいた住人は全てエルフと呼ばれる耳が長い種族となり、性別も女の人しかいなくなった──なんてこともあった。
でもそんな大規模な変化ですらも、周りは何の違和感も抱かなかった。
最初からこの世界のその地域にはそんな種族がいて、その国は最初からエルフと共に住んでいる国であったかのように」
熱を帯びたかのように、先生はまだ続けてくれる。
その、転生人が起こしているという、世界の改変の話を。
「奴隷制度が出来ている国も出来た。
魔法が当たり前に使える国も出来た。
電気がこの国以上に発展している国も出来た。
いや、それを言い出したら世界中に広まったこの電気や機械の文化それ自体も、転生人が望んだからこその賜物だ。
本来は、発電所なるものが必要なんだろ? そんなものが存在しないのに、どうやって作っているのか元の世界の住人すら分かっていない“電線”とやらを繋げていくだけで、簡単に電気と電話が使えるようになっている。
分かるか? このおかしいことが。
何もないところからエネルギーを得ているのに、それについて誰も疑問を持っていない。
そもそも、物は使っていれば壊れるという基本概念すらも超越し、全く劣化しないそれらについても何も思わない。
ハッキリ言って、かなり異常だ」
「……それを、どうして先生は分かっているんですか?」
「【呪い】を制御できている人は、変化について疑問を持たない、ということが無くなる。
だから学校内に【呪い】の学科が出来ているのを知ったのだって、学校側から無断欠勤の連絡がこちらに来てようやくだった程だ」
一瞬浮かべた苦笑いが、当時のことを思い出していたのを悟らせる。
「だから、今朝クラスにいた生徒たちもまた、【呪い】を制御できている以上、世界の改変について影響を受けない。
何か変化していることに気付いたなら、転生人が何かしらの影響を世界に与えたことが分かるということだ」
「それで、殺したりするんですか?」
「生まれたばかりの転生人は気付きにくい。何か目立つような行動を取ってくれたり……イオリのように、分かりやすい異能ならまだ良いのだけどね」
「それは、答えになってません」
「……もちろん、殺すに決まっている。
それはこの世界にとって、おかしいことだから」
「っ!」
つまりそれは……今ボクは、殺されそうになっているということに、他ならない。
それを理解した瞬間、背筋がゾワりと粟立った。
「学校の中にこんな学科が出来たのは、キミが望んだからだ」
「ボクが……?」
「もし自覚が無いのなら、本当の望みが叶う条件というのが、学校という環境だったのかもしれないな」
「っ!」
ふと、身体の奥にチリつくものを感じ、先生と距離を取るように大きく後ろに跳ぶ。
もちろんそんな動きはやり慣れていないので、普通に着地に失敗し、足をもつれさせてこけてしまった。
「……察知したか。
やっぱり、イオリの異能は厄介だな」
手を付き立ち上がりながら、半身になって構えを取る。
構え、と言っても、戦うためのものじゃない。
先生から走って逃げれるよう、振り向けるようにするためだ。
「そうやってただ、逃げることに意味はあるのかな?」
そうだ。さっき見たじゃないか。
見えないところからでも、【呪い】はかけられてしまうと。
それも分からせるために……きっと逃げても、【呪い】をかけやすくするために。
さっき全部、見せてきた。
ただ逆に言うと、それだけのことをしなければ、ボクに【呪い】をかけることが難しかったということにもなる。
現に今も、ボクの身体には何の異常もない。
さっきみたいに苛立ちがある訳でも、【呪い】という言葉の通りの分かりやすい異変がある訳でもない。