プロローグ(4)
テーブルを挟んで一人で座る男が、その向かいに座る女性二人から視線を外してこちらを見る。
年齢としては十代半ばか後半ぐらいだろうか。
ボクが今年で十一歳なのでかなり大人びて見えるが、ちょっとだけ残っている前世の記憶から参照するに、ちゃんとした大人っぽくは見えないので、多分そのぐらいだろう。
「なに?」
と、先に返事をしてきたのは男の方ではなく、女性の方だった。
二人並んでいる内の、先生に近い方。
だからといって窓際の女性に何の反応も無いかというとそうではなく、普通に睨みつけてきている。
二人共、男性と同い年か少し下に見えた。
こんな不機嫌そうな表情でなければ可愛らしく見えただろうけど、今はどちらかというと恐怖心が出てしまう。
ただボクたちの登場にイラついているのではなく、さっきまでのイラつきをただ引きずっているだけのように見えたのが幸いだった。
「ちょっと、そこの彼に用事があってね」
「今あたし達が話してるから、ちょっと待ってくれる?」
「その話自体が無駄になるかもしれないから先に、かな」
柔らかな口調に反し、先生は机の上へ強引に腰を入れ込み、三人の視線を自分の体で封じに入る。
コーヒーが入っているカップやケーキが乗っていたであろう空いた皿はお構いなしだ。
「ちょっと!」
「何おっさんキモっ!」
女の子たちの非難も物ともせず、男性との間に割って入った先生は――
「キミ、周りからよく嫌われない?」
――その男性に向けて、そんなことをどストレートに訊ねていた。
「……えっ……と……?」
言われた言葉の意味は分かっているだろうが、ここでいきなり、見知らぬ大人からそんなことを言われたことで混乱しているのだろう。
その表情には驚きがある。
……しかしなんというか……初対面の年上相手に思うことではないだろうか、何かイライラするな……。
「それを解消する術があるんだけど、どうする?」
「解消……?」
「単刀直入に言おうか。
キミは呪われてる」
「えっ……?」
驚き、自然と漏れてしまったような声。
「キミの【呪い】によって、この子達はキミに対して苛立っている。
それによってイジメられ、そのマイナスの感情が、よりキミの【呪い】を強くしている」
は? イジメとか意味分かんないし……等々口煩く言ってくる女の子たちの言葉を背中に受けたまま、先生は続ける。
「その根本から改善することが出来るんだけど……どうする?」
「…………」
呆気に取られている彼を見ていると、さっさと答えろよという気持ちが沸いてくる。
「……あの、あまりにも急すぎて……とりあえず、また後日とかでも良いですか? 今ちょっと、立て込んでいるので……」
「ああ、うん。
じゃあこれ、こっちの連絡先」
スーツの内ポケットから紙を一枚取り出し、彼の前に置いてからテーブルの上から降りる。
「じゃ、今日はこの辺で」
帰ろうか、とボクに声をかけ、そのあっさりさに戸惑うボクを置いてさっさと喫茶店の出口へと向かう先生。
「…………?」
その後を追いかける前に、また男性の顔を見る。
今度は不思議と、その顔に苛立ちは覚えなかった。
◇ ◇ ◇
「あっさりと引くんですね」
店を出てすぐ、歩いていく先生の背に話しかける。
「ま、最初はこんなものでしょ」
「最初?」
その疑問に答えてくれるより先に、すぐ側の路地に入り、その足を止める先生。
新たな疑問が浮かぶボクの手を引いて、同じ路地へと引き込むと同時、顔だけを覗かせるようにして先程の喫茶店を見つめる。
まるで監視でもするかのようだ。
「あの、先生……?」
「ん?」
「もう用事は済んだんじゃないですか?」
「むしろ、ここからが本番」
と、答えてくれたところで、あっ、と小さく漏らす。
「そう言えば色々と見てもらうとは言ったけど、これから何をするか説明してなかったか」
「まあ、そうですね。でもさっき話してた内容的に、彼にかけられてる、彼自身の【呪い】を解除するとか、そういうのじゃないんですか?」
思えば、初めてあの男性を見た時は無性に苛立ったのに、立ち去る時は何も感じなかった。
アレは彼の【呪い】とやらを、先生が封じるなり消したなりした結果で、今こうして監視のようなことをしているのは、そのまま異常が無いかどうかを確認するためなのではないだろうか。
「……ま、自身の【呪い】の解除、って部分だけは、そうするかもしれないかな、って感じかな」
ちょっとした笑みを浮かべながら、先生は続けてくる。
「こちらが今やってるのは、【呪い】について教わる気があるかどうかと、こちらがやらせたいことをちゃんとやってくれるかどうかの確認、ってところ」
「やらせたいこと? あの男性が自分の夢をちゃんと叶えるとか、そういう?」
「それはむしろ逆。この国のために、この世界で得ているものを最大限使ってもらうことになる。
それをしてくれるかどうかってこと。イオリも同じだろ?」
入学の時に言われたことか。
特別になれるからとボクは喜んだが……ボクのように自分の望みと合致しない限り、確かにこの学校にには来ないかもしれない。
「それを拒絶するなら、完全に相手の【呪い】を封じるだけさ。
それが、【呪い】を解除するかもしれない、の真相」
先生が掲げる目的のためにその【呪い】を使ってくれるなら、扱い方も教えるし解除もしない。
だけどそうじゃないのなら……と、そういうことか。
「……で、先生。それで何で彼を見張るような真似を?」
「さっき、彼の【呪い】に単純な封印を施した
向こうが自分の意思で【呪い】を使おうとしたら解除される程度の、単純な封印」
思い出してみなよ、と先生は続ける。
「彼に【呪い】についてアテがないかどうか探りを入れたとき、知らないような態度を取っただろ? それが真実なら、その単純な封印が続いたままあの店から出てくるはずだ。
でももし、こちらがかけたその簡単に解除される封印が解けてたら……」
「……【呪い】について知っていて、しらばっくれたってことになる……」
「そういうこと」
その説明を終えてくれるタイミングを見計らったかのように。
先程の喫茶店内にいた、唯一のお客さん達――男一人に女二人の、さっきあのテーブルにいた三人グループが出てきた。