プロローグ(2)
ボクが通う学校は、あくまで普通の学校だ。
家で親が教えてくれている勉強を、皆が集まっている場所でやり、分からないところを生徒たちや先生に教えてもらう。
忘れかけの記憶にあるような学校とは違い、コミュニケーション方面に重きを置いているような感じだろうか。
田舎にある学年入り混じった学校や、住宅街にある小学生が通う学習塾のようなものだろう。
正直、普通の学生として通うことになっていたなら、絶対に通っていなかった。
この世界の文字や、自分の世界とさして変わらない貨幣価値を覚えた段階で、算数は引き継いだ記憶で十分にできるし、歴史だって知りたい分を図書館で覚えればいい。
あくまでこの世界の学校は、そうしたことが自分一人で出来ない――周りに人がいないと集中できない人向けの場、というだけだ。
「はい、今日は予てからの転校生を紹介します」
ただそれも、普通の学科なら、という話だ。
ボクを誘ったこの学校の──この学科の先生。
ルーベンス・フィクター。
彼の声に呼ばれて、“ボクたち”はその特殊な学科となっている教室へと入る。
「男の子二人です。はい、自己紹介して」
真面目っぽい、ちょっと堅苦しい先生の声に促され、先に教室に入ったボクから挨拶をする。
「イオリ・ゼイグルです。よろしくお願いします」
この学科にしか存在しないブレザーに似た制服を、下に引っ張りピシッとさせ、頭を下げた。
木造作りの、やっぱり田舎を思わせる広さしかない教室。
頭を下げる前に見た合計九席しかないそこにいた、たった二人の女子生徒への挨拶だ。少しでも第一印象を良くしたい。
「トウカ・オウルミだ。よろしく頼むぜ」
なんせもう一人の、ボクの隣に立っている男性のインパクトが強い。
ブレザーは完全に羽織っているだけ。その中には支給されたカッターシャツではなく普通のTシャツを着ている。
まあシャツと言ってはいるが、形状がボクの知っているソレと同じというだけで、根本的な素材は違うのだけど。
「じゃ、自己紹介も済んだところで、早速移動しようか」
「移動?」
手をパンパンを叩いての先生の合図に、疑問が口をつく。
「この教室で授業するんじゃないんですか? あ、運動場とかそういう広い場所でってこと?」
「まあ、広い場所といえば広いかな」
「? どういうことですか? 具体的な場所とか」
「具体的ねえ……まあ簡単に言うとだ」
端的に窓の外を指差し、そのまま端的に先生は言った。
「学校の外に出る」
◇ ◇ ◇
「……で、どうしてボクと先生しかいないんですか?」
街を走る路面電車に乗り込んだところでようやく、学校を出てからずっと気になっていたことを、先導していたルーベンス先生に訊ねた。
「学校出ていきなりあの三人だけ別方向に歩いて行きましたし。
しかも絶対に路面電車の駅には向かわない方向に」
初対面相手に呼び止めるなんて勇気がないボクはソレを見送るしかなく、この学校に誘ってボクの力を頼ってくれた先生についてきていたのだが……さすがにそろそろ、本当にコレで正しかったのかと、燻っていた不安が限界を迎えた。
「あの三人には別任務をお願いしたからね」
「任務……っていうのは、どういうことですか?」
「これからイオリにも見てもらうし、次からは手伝ってもらうことになること。
前までは今みたいにしてたんだけど、今日からはそれぞれでやってもらおかな、って。
こちらがいない状況でも達成してもらわないとね」
「あの転校生って紹介してた男子生徒は?」
「ああ、あの子は向こうの付き添い」
「向こうの?」
向こうの女子生徒二人が付き添い、ではなくて……?
「今イオリにこうしてついてきてもらってるけど、ついこの前彼についてきてもらったって訳。
だから今日はイオリの番」
それなら尚の事なんじゃ……と思ったけど、聞く間が無く話が進んだので、訊ねるのは止めておいた。
「で、結局何をするかって話だけど、上手くいけば俺がイオリにしたことをする感じかな」
「……上手く?」
「そ。イオリは上手くいったパターンで、本来はこの学校に来てくれる人のほうが少ない。
もちろん上手くいくに越したことはないけど、上手くいかないパターンも知ってもらって、その対処も分かってもらいたいな、って感じ」
軽い口調で言っているが、結構大変そうな感じがする。
でも、ボクならきっと難なくこなせるだろう。
それだけの力がボクにはあるし、先生もそれに気付いている。
難しいことであろうとも頼ってくれるのが分かるだけに、誇らしくもあり嬉しくもある。
「教室にいた女の子二人は、その力を制御するためにずっと学校に通って練習しつつ、何度もこうして付いてきてもらってたんだ。
それももう制御できるようにもなったから、後は個人個人でお願いしようかなって」
ああ……ということは、だ。
ボクと一緒にいたあの転校生もまた、ボクと同じで先生に、何かしらに期待されているのだろう。
だから彼の方を付き添いと言ったのだ。
「もちろん、このまま学校に籍をおいてもらったままでも構わないとは話してるけど。
不安だろうからさ。いきなり一人にしても。
結局のところこの能力は【呪い】でしかないからさ」
【呪い】……魔法とは違って、呪い、か。
ボク個人としては魔法の類だと思っていただけに、その物騒な言葉には正直驚いた。
「それで先生、これってどこに向かってるんですか?」
「北にある高級住宅街。
そこにいるお金持ちの子供の中の一人が【呪い】持ち。
だからイオリみたいに上手くいかない可能性が残念ながら高いから、連れて行こうかなと」
最後の言葉はメガネを外して服の裾で拭き、掛け直しながら呆れ混じりに吐き出した。
……聞き用によっては失礼な言葉だけど、事実なので言い返せない。
ボクはさっきまでいた学校がある、平民住宅街の出身だ。
だけど相手がお金持ちなら、こんな南の貧乏臭いエリアに来るぐらいなら、家庭教師に教わり続けるだろう。
自分の能力ぐらい自分で制御できる、とか考えそうだ。無駄にプライド高そうだし。
「ま、そんな訳で……イオリには色々と見てもらうことになるだろうから、覚悟しといてね」