過去の遺産-02
「私は雷神プロジェクトの成熟期間に対して問題提起を行った。即時性が無い、すぐに現場へ提供できる新たなプロジェクトが欲しい、と。
シュウイチも、私の言葉に頷いてくれた。そして苦肉の策として私が提出した風神プロジェクトを進めてくれたが……結果は先ほど彼女が語った通りだ」
九十九人に及ぶ、風神プロジェクトにおけるパイロットテスターが死亡したという事実。
「そして皮肉な事に、そうこうしている内に紛争が落ち着いた。現在と同じく微々たるものは行われていたが、少なくとも数多の命が散る様な、大きな戦場は無くなっていた」
「特定条件における兵器の有用性を発案し、開発途中にその特定条件が無くなってしまう、何ていうのは、兵器開発にはよくある話だ」
そういうのは、清水先輩だ。ダディは苦笑と共に「その通りだ」と口にした。
「私はその時に知った。個々の感情などと言うものに惑わされる心その物こそ、兵器システムに必要のないモノだと。結果を求めすぎるあまり、過程でどれほどの人命が奪われる事になっているか、心では無く思考によって、冷静に見極める事が出来ていたら、九十九人の人命を失う事は無かったのかもしれない」
後悔を吐き出す様に、ダディは言葉を放つ。
そんなダディの姿を見て、オレは口を塞いだ。
「……そんな風神が、なぜ秘密裏に存在していたアメリカのUIGで?」
姉ちゃんが問う。そう、秘密裏に存在していたUIGというのも、今考えればおかしな話だ。
「そのUIGは高田重工や国防省のお偉方すら知らん、秘密裏に建造された物だ。我々もその存在を知らなかった」
「私たち四六も情報を掴んでいなかったという事は、レイスが米国防総省の一部と繋がっていて、そこでUIGを建設、その上で風神を製造していたのでしょうか?」
「おそらくそれしかあるまい。しかし奴――シュウイチは何を考えている。奴が生きていた事もそうだが、今の奴には謎が多すぎる」
生きていた事、今の彼が事を起こす理由、何もわからぬままだ。
「風神を奪取した事に、目的が隠されているって、さっきダディは言ったよな? あれは」
「あくまで主観でしかないが、奴が求める世界は何だろうな」
求める世界と来た。これは大きな話だ。
「そこまで仰々しい事か? 親父が例えば金の為にレイスを動かしてる、ってのも、考える事は出来る」
「流石にそこまで卑下た理由では無かろうが、その通り。奴の目的はあくまで不明瞭だ。だからあくまで主観とした。
だが――我々の知る城坂修一という男は、そもそも自分の幸せなんかを求めてはいなかった。セイナやお前、クスノキを生んだ母・カナでさえも、奴の事を『ADの事しか考えないアホ』とまで言い切ったのだぞ」
『母』
そこで、思わずオレと楠が声に出してしまう。
「母ちゃん……?」
「そうか、セイナはカナの事を、二人には」
「ええ、まだ話していません」
姉ちゃんが僅かに表情を曇らせながらも、オレと楠の手を取って話してくれる。
「ねえ、姫ちゃん、楠ちゃん。貴方達はお母さんについても、聞きたい?」
「聞きたくないって言ったら、嘘になるけど」
「今、聞く事なのかな?」
「なら、話す。でも、思春期の貴方には、ちょっと辛い話になるかも」
それだけを先に忠告した後、姉ちゃんは優し気な表情で、言う。
「もう知っていると思うけど、私たちのお母さん、城坂加奈は、既に死んでいるの」
確か、病気で亡くなったって聞いた。それはダディから教えられていた事だ。
「病気はそうなんだけど……お母さんは、元々病気だったの。私を生む時から。ううん、何だったらお父さんと出会った時からそうなんだって。
私も、今の話を聞いてて分かった。――きっとお母さんは、風神プロジェクトのテスターだった。違いますか?」
「気付いたか。流石だな、セイナ」
ダディが苦笑し、頭を掻いた。
「ああ、そうだ。カナは元々、パイロット適性が非常に高い女性で、風神プロジェクトのテスターに選ばれた。
彼女は薬物投与の結果、その高い操縦技術を更に高めていたが、薬物投与の副作用によって、心身ともに犯された。
シュウイチとカナが出会ったのは、その時だ。彼はカナを抱き、カナも彼に愛されていると分かった時だけは、薬による精神錯乱を抑える事が出来ていた。
そんな二人の間に生まれた子供が聖奈で、そんな彼女が持つ卵子を用いて生まれたのが――お前たち二人だ。
最初は母体で成長させる案もあったが、母体の健康維持を鑑みて、試験管ベイビーとして成長させた方が良いと判断し、お前たちの卵子が彼女の母体へ戻されることは、なかった」
「オレ達は」
「お母さんのお腹で育ったわけじゃ、ないんですね」
確かに、思春期のガキに聞かせる話ではないかもしれない。
けれど、雷神プロジェクトの為に生み出されたコックピットパーツって聞かされるよりは、全然マシな事実だ。
「お母さんは、二人が一歳になるより前に死んじゃった。前に映像を見たよね? 私とお父さんが、二人の受精卵を見ている映像。
あの映像を撮影していたのは、お母さんだった。
見せてあげたかったなぁ……こんなにも、立派に育った二人を……っ」
姉ちゃんが、ボロボロと泣きながら、オレ達の事を抱きしめる。
けれど、オレ達は――今は亡き母の顔も、知らない。
姉ちゃんの涙を、一割もわかってやる事の出来ない自分たちの若さを、少しだけ、疎んだ。




