第一章 城坂織姫-06
何だか、彼女が整備した秋風を見ていると、パイロットとしての心を揺さぶられているような気がして、ウズウズしてきた。
――乗りたい、いや。
「明宮。乗っていいか?」
「は?」
「お前が整備した、この秋風に、乗りたいんだ」
一言一言に熱意を込めて、しっかりと発音をして彼女に願い出ると、彼女は驚きながらも答えた。
「……まぁ、今から試運転しようとしてた所だからいいけど。君、織姫くんだっけ? 免許持ってるんだよね?」
「ゴールド免許だ」
「はぁ? ゴールドって、最優良免許? でもあれって十年以上ADに搭乗していた実績がないと」
「見てみるか? ほら」
一応財布の中に備えておいた、国際AD操縦免許証を提示した。カードタイプの免許証の端は全て金というか黄金色の彩色を成されている。
彼女の言う通り、十年以上ADへ搭乗している実績が無いと与えられない、特殊な免許でもある。試験があるわけでもないので、優秀じゃなくても十年間のAD搭乗記録があるだけの奴でもゴールドにはなれるから、軍ではあまり自慢にはならないが。
「えっと……君、今幾つ?」
「十五歳」
「つまり五歳からADに乗ってるって事!?」
「正確には四歳からだな」
四歳の頃、国際免許合格記念として、オレ専用にコックピットがカスタマイズされた【ポンプ付き】を与えられ、それで訓練中に飛び回っていた事は、今も記憶している思い出だ。
「不足か?」
「いや、免許持ってるならいいけどさ」
「じゃあ乗る」
有無を言わすことなく、秋風の股間部に足をつけ、そのまま開かれている胸部コックピットハッチに手を伸ばしながら、跳ぶ。ハッチに手を付けてよじ登る光景を、唖然と言う表現が適した表情で見ている明宮と村上の視線を受けながら、オレはシートに腰を落とした。
ハッチ閉鎖と共にシステム調整が開始される。だが元より汎用性高い設定になっているので、そこは全て省略。
マニピュレーターを強く握りしめると同時に、シートとマニピュレーターの位置を微調整。明宮と身長が近いからか、ほんの数センチ動かす程度で済んだ事を確認してから、エンジン稼働。
AD兵器用のデュアルハイブリットエンジンである【ディアスエンジン】がコックピット内を揺らす事無く全体へエネルギーを供給している事に驚きつつも、装備確認。
秋風は、その素体となる機体に、外付けのバックパックユニット【プラスデータ】を使用する事が出来る。
装備されているプラスデータは、機体を空中で滑空させる事が出来る【高機動パック】であり、それ以外の火器は、胸部に搭載されているCIWSしかない。それも模擬弾頭しか装備されていないので、気にする必要は無かった。
ツインアイの発光と共に、コックピット内にある三百六十度モニターが外の景色を映し出す。取り付けられている通信ケーブル類と、給油口のケーブルを全て排出した後、機体の筋肉繊維にエネルギーが循環している事を確認。
「よし――行ける!」
フットペダルを軽く踏み込みながら、操縦桿を短く操作する。ゼロコンマ秒程度の時間を用いて、その動きが反映された秋風は、両手を用いて床から立ち上がり、スラリとした二本足で、しっかりと立ち上がった。
急ぎ、格納庫内の天井を解放した明宮に心の中で感謝しつつ――オレは、コックピットに備え付けられていたインカムを取り付けて、マイクに声を吹き込んだ。
「二人とも、避難してろ!」
『はぁ!?』
明宮は、疑問の声を上げてはいるが、オレの言葉通り格納庫にある避難区域へと村上の背を押し、そして叫ぶ。彼女の声が、機体の外部音声認識システムによって、耳元のインカムから聞こえた。
『君、まさか!』
「そのまさかだよ」
オレは、右手に持つマニピュレーターと、左手に持つ姿勢制御幹、右足のフットペダルを同時に、素早く操作を開始した。
――瞬間、秋風は背部に搭載されたプラスデータユニットのスラスターから大量の暴風を吹かし、機体はその場でフワリと重力に逆らい、浮き始めた。
避難区域に居た二人は風によって髪の毛を乱す程度で済んでいるが、今の秋風に近寄ったら、暴風で吹き飛んでいた事だろう。
秋風の両肩部に搭載された突起物――電磁誘導装置が、浮いた機体を電磁波によって制御し、滞空した状態を保ってくれる。
そのまま背部・脚部スラスター両方を吹かした秋風は、天に向けて空高く舞い上がった。
寸前に、明宮の声が僅かに聞こえた事を、オレは聞き逃さなかった。
『トリプルD――!?』
トリプルDとは、本来助走を付けた上でしか滑空が出来ないAD兵器を、助走無しで滑空させる事を可能にする操縦技術である。
マニピュレーターと姿勢制御幹、そしてフットペダルの三つを同時に操作した上で、滑空状態であるとシステムに誤認識させ、その状態から空高く舞い上がるのだ。
正式名称は【トリプル・マニピュレート・ドライヴ】と呼ばれるが、この操縦は実に難しい。この学校のレベルにもよるが、見た事ある学生などは稀だろう。
格納庫を飛び出し、十階建て建築物程の高さで、秋風を一度滞空させた。数キロ先に秋風が五機程演習を行っているグラウンドが見えたので、そこまで行ってみるか――と、操縦桿を操作した。
背部スラスターを吹かしながら、急激に行われる加速。だが決して軸がぶれる事の無い滑空は、今まで米軍最新鋭の機体である【ポンプ付き】に乗っていても、得る事の出来ない快感だった。
「すげぇ――さすが秋風!」
歓喜しながら一瞬でグラウンドまで到達してしまった。一度着地させようと、フットペダルを踏み込む足を緩めたが――あまりに緩急が効き過ぎる秋風のシステムが、与えられた命令を速やかなスピードで叶える。
つまり、急激な速度で降下を開始してしまったのだ。
「やべ――っ」
急ぎフットペダルを踏み込むが、一瞬遅かった。既にグラウンドの地面を捉えていた秋風は強く着地し、整備されたグラウンドは、砂埃を撒き散らし、メインモニタは一面砂塵でいっぱいになった。
「――つぅ、死ぬかと思った」
『織姫君、大丈夫!?』
インカムから、明宮の声が聞こえてくる。何やらエンジン音も聞こえるから、整備車にでも乗ってこちらへと向かっているのだろうか。
「ああ、大丈夫。でも秋風って衝撃にも強いんだな。今のがポンプ付きなら脚部どっかイッてるぞ」
『いやそうじゃなくて! そのグラウ』
そこで、通信が途切れると同時に、別の声が割り込んできた。
『貴方。一体何者ですか?』
ふと、モニターへ目をやると、既に砂塵は散っていて、オレが搭乗する秋風を、五機の秋風が囲い込んでいる光景が目に入った。
今の割り込み音声も、目の前に立っている秋風から放たれた音声であった。
綺麗で高く、だが決して不快ではない澄んだ声からして、声の元が女性である事はすぐ分かった。