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神崎紗彩子と藤堂敦による取材にて

 現在、島根のどか対天城幸恵の対決が終了し、二年Aクラス用の格納庫でスポーツドリンクを口に含んだ神崎紗彩子は、フゥと息を吐いた。


現在、彼女の秋風は自動整備システムに接続され、破損箇所のチェックを行っている。


今から三十分後、今まで行われた全試合で敗北した生徒が一堂に介し、敗者復活戦を行う事になっている。


しかし、紗彩子は今回の交流戦で既に満足している。これ以上機体を無理に動かし、整備科のパートナーを疲弊させる必要も無いだろうと、棄権意思を表明する理由を考えていた所で。


「君、ちょっといいかな」


 背後より、男の声が聞こえた。振り返ると、そこには無精ひげを生やした成人男性がニンマリと笑みを浮かべており、首元にはカメラがぶら下がっている。


「何でしょう。ここは一般の方が立ち入り出来る区画ではありませんが」


「失礼。俺はこう言うもんだ。安心してくれ、連邦同盟の機密条約上、取材をする権利を与えられた、戦場カメラマンだ」


 名刺を手渡されたので、紗彩子はそれを受け取る。フリージャーナリスト・藤堂敦。


 そして彼の名刺には国家間AD機密協定総会――通称【連邦同盟総会】において、世界各国で取材を行う権限を持ち得る者にのみ与えられるライセンスコードが印字されており、紗彩子はぺこりとお辞儀をした。


「私に取材、ですか?」


「ああ。宜しく頼むよ、神崎ちゃん」


 藤堂と言う男は、飄々とした態度でそう言った。


「私は敗者です。勝者である久瀬先輩に取材へ行かれた方がよろしいかと」


「フルフレームは高田重工とAB社からNG出てるからな。遠慮しといた」


「なるほど。代わりに私の泣き顔を撮りに来た、という事ですね」


「そう邪険にしないでくれよ。俺は今回『次世代を担う天才パイロット』として、三人の生徒を取材する予定なんだ」


 ふと、そこで三人が誰なのかが気になって、彼を見据えた。


「その三人とは」


「島根のどか、神崎紗彩子――そして、城坂織姫だ」


「織姫さんもしっかりとチェックを行っているんですね。関心致しました」


「そりゃそうさ。俺はアイツが十二歳の頃から、何度か密着取材してんだ」


 驚き、紗彩子は目を見開いた。藤堂はしまったと言いたげな表情で、紗彩子にお伺いを立て始める。


「あー……あの子が元々どこにいたか、知らなかった?」


「いえ、それは知っています。米軍のアーミー隊と呼ばれる特殊部隊に所属していた、と」


「よかった。あんまり言いふらせないからな」


「それ程までに機密性高い部隊なのでしょうか」


「いや、秋風程じゃないよ。使ってる機体もポンプ付きを使用している。しかし、あの子が元々どこにいたのか、それを面白半分に言いふらせるほど、俺は悪い大人のつもりはねぇんだ」


 紗彩子が織姫から聞いていた過去自体は、それ程多い情報があるわけでは無い。むしろ聞いた話だけで、悲しい過去を持っていると知っているからこそ、深く聞く事はしなかった。


「……織姫さんは、アーミー隊でも明るい男の子だったのでしょうか?」


 不意に訊ねると、藤堂はしばし何か考えていたが、悪い事を思いついたように、ニッと口角をあげた。


「んー、教えていいもんかなぁ。でも、俺にもっと良い画を撮らせてくれれば、教えても良いかもなぁ」


「下手な交渉ですね」


「あ、やっぱり? でもウィンウィンの関係になれると思うんだ。俺は君に織姫ちゃんの情報をやる。そして君は、俺に良い画を撮らせる。利害は一致していないかね」


「……ふむん」


 紗彩子も、悪くは無いと考えていた。こちらとしては取材に応じること自体はやぶさかでは無いし、何より辞退しようとしていた選抜戦に引き続き出場すれば良いだけだ。過去の取材内容を聞く条件としては、決して悪くない。


「良いでしょう。しかし前金を頂きたいのですが」


「どこを聞くよ」


「あの子が、元々どんな男の子だったのか、です」


 そこで、藤堂の笑顔は消えた。彼はカバンに入れていたタブレット端末を取り出すと、一つの映像データを、紗彩子へ見せた。


「これは」


「初取材の頃だ。織姫が十二歳の頃、これから出撃するって時な」



 映像に映る少年は、AD用のパイロットスーツに身を包み、そして双眼鏡を手にしてカメラへ視線を寄越した。


『藤堂、映像のデータは現地に残すなよ』


『わぁってるよ、クラウドで日本にある俺の量子PCに送信されてっから』


『無線セキュリティ規格は』


『PCGP-Ⅱだから安心しろ』


『チッ』


 藤堂の配慮に不備が無かったか、少年――城坂織姫は、双眼鏡を投げ捨て、FH-26X【グレムリンセコンド】に乗り込んだ。


 ラダーも使わずに装甲を掴んで登っていく彼と、ラダーを使いながらカメラを構える藤堂で、対照的だと思った。


『姫は、どうしてADのパイロットやってんだい』


『そんな取材、後にしてくれないか』


『いいじゃないか。もしかしたら俺、この取材で死ぬかもなんだぞ? 戦場カメラマンは、戦場に向かう時に心残りを残さないモンだ』


『……他に、やる事なんて、無いから』


 コックピットの中で、無表情を変える事無く、機体の出撃準備を整える織姫の姿を、カメラはずっと追いかけていた。



そして――紗彩子は、愕然とした様子で、そんな彼の姿を、見ているだけであった。


「俺ぁね、ここに来て驚いた事が二つある」


 藤堂の言葉。紗彩子は面を上げて、彼の嬉しそうな表情を見た。


「一つはこの学校に居る生徒のレベルにだ。


 もちろん秋風の性能による所もあるが、それにしたって久瀬良司や天城幸恵の二人、そして島根のどかと君の実力が、如何に高い物かを見せつけられた。次世代を担う天才パイロットの取材をする事は、決して間違っていないだろう」


「もう一つは」


「あんなに楽しそうな、姫の姿だ」


 映像に時々映る、織姫の表情は、常に目を細め、何事にも動じない、無関心を体現したような彼でしかない。


操縦桿を慌てる事無く操作し、危な気の無いパイロット能力を隣で見せつけられ、この男は織姫をそう理解していたのだろう。


「もちろんな、あの子が優しい男の子だって事は知っていたつもりだ。けれど、決して明るくは無かったよ。


 アーミー隊って家族を可能な限り守る為に、自分に出来る戦術を冷静に、淡々とこなす事の出来る、ただ一人の兵士だった筈だ」


 人に指を差し、大声を挙げ、そして笑顔を向ける城坂織姫という少年の姿に――彼は驚きを隠せなかったと言うのだ。


「あの子を、ここまで笑顔にさせてくれたのは、きっとこの場所が、あの子にとって、とても大切な場所となったからだろうな」


 ――だから俺は、この学園に心底興味が湧いた、と。笑みを浮かべる。


「ウィンウィンの関係、これからも続けて行こうじゃないの。俺は君に織姫ちゃんの情報を提供する。そして君は、俺に楽しい画を撮らせてくれる。もう一度言うが、悪い話じゃないだろう?」


 紗彩子は、藤堂と同じ笑みを浮かべ、彼の手を取る。


「ええ――貴方に、最高の一枚どころか、何十枚と撮らせてあげます」


 この男を気に入った。紗彩子は彼にパイロットスーツを渡し、機体のコックピットに入るよう指示をした。

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