尋問中にて-03
リントヴルムは、自身が今どこにいるかも定かではない状況で、ただ森の中に身を置いて、咳き込んでいた。
高高度飛行を楽しんだADの手にずっと捕まっており、身体は悲鳴を上げている上、酸素不足で脳がグワングワンと揺れていたからだ。
「死ぬかと思ったぜ……」
脳に酸素が足りていなければ、その苦痛を快楽として認識する事も難しい。
素直な感想を口にした彼は、紺色のAD――【アルトアリス】より身を出した少女に向けて、視線をやる。
「一応、礼を言うぜ。気持ち悪いか」
「気持ち悪いわ。アンタみたいなドエム、アタシが助ける価値も無い筈なのに、こんな命令をした【お父様】には、疑問しかないわね」
リントヴルムと一定の距離を取っていた少女。彼女に向けて、リントヴルムは僅かに歩み、そして彼女へ手を伸ばした。
「……何、握手?」
「アァ、オレのフルネーム知ってる、数少ねぇ女のコだ。これ位は構わねぇだろ?」
「アタシに触れようだなんて無礼ね。けれど敬意を払う事はいい事だわ。特別に、アンタの無礼を受け入れてあげる」
フンと鼻を鳴らしながら、しかし差し伸べられた手へ、自身の手を向けた少女。
――しかし、少女の手は握られず、代わりに手首を強くひねられ、幼い体は背中から地面へ押し付けられた。
「ぎっ」
勢いよく地面へ身体を落とし、衝撃で表情を歪める少女。リントヴルムは彼女の首を、指の折られていない左手で掴むと、ググッと力を込めた。
「が、ぁ……っ!」
口を大きく開き、呼吸を求める様に声を発する少女だが、強く握られた成人男性の力に、成す術も無い。
自然と溢れ出る涙が、リントヴルムを慰めた。
「すまねぇな、カワイコちゃん。オレぁそのチグハグフルネームがキライでね。
……次呼んだら殺すぞ」
コクコクと、大振りに頷いて助けを乞う少女の姿に、ニンマリ笑ったリントヴルム。
手を離し、少女の身体を優しく持ち上げた後、背中に付いた草埃を払って、頭を撫でた。
「ごふっ、ごほ、がはっ!」
「すまんすまん、なんせ感覚がしっかりしてねぇからさ。つい強くやっちまった」
「殺す……アンタ、何時か……殺す……っ」
「オ、イイね、カワイコちゃん。アンタの殺意、気持ちイイ」
さて、と。リントヴルムが自身を運んできた機体――アルトアリスを眺めた。
「アレなんだ? 見たとこ日本の機体にも似てるが、スラスターとかはディエチと共用の奴だな」
「けほっ……アルトアリス試作二号機。アタシの、専用機体よ!」
「試作二号機。ツー事はどっかが開発したテスト機体か。どこ?」
「【レイス】よ。……聞いた事くらいあるでしょ」
「あー、スポンサーね」
レイスは、元々リントヴルムが所属していたロシア系テロ組織【ミィリス】が支援を受けていた組織だ。
正式名称は不明で、正体の掴めぬ事から【幽霊】と呼ばれている。
主に新ソ連系テロ組織を運用する国々と深いパイプを持ち得、それぞれのスポンサーとして資金援助を行い、代わりに【冷戦機構】を用いた技術奪取が成功した際に情報を受け取り、新技術を開発している。
そして開発した技術情報は、全て新ソ連系の各国軍事企業へと流され、その報酬を受け取る――
つまり、新ソ連国家・新ソ連系軍事企業・レイスという三つの組織による協力関係が組まれている、という事だ。
現在活発になっている冷戦機構は、総てこの【レイス】が暗躍する事によって持続しており、元凶と言える組織である事は間違いない。
「何で助けた」
「【お父様】からの命令。――アンタの技能は捨てがたい、アンタをレイスの構成員として迎え入れる、ってね」
「はっ。天下りして死にかけて、今度は天下り先のスポンサーからスカウトかい。オレも捨てたもんじゃねぇな」
リントヴルムは、見える範囲からアルトアリス試作二号機を観察する。
八頭身のスラリとした体形と両肩に搭載された電磁誘導装置の小型化から見える結論は「日本製AD兵器技術の流用である」という事。
しかし先ほどリントヴルムが言ったように、スラスター等はディエチのブースターユニットが流用され、日米が使用するバックパックユニット【プラスデータ】を装備する事を想定していないと見える。
主な武装は三つ。
一つは掌二つに搭載された砲撃武装。
腕部に連結された弾倉から装填される銃弾を射出する事によって、一撃で敵を撃ち落とす事を想定した武装と思われる。
一つは腰部サイドアーマーに備えられた二つ折りの砲塔。
後部に冷却機構が設けられている事を鑑みると、恐らく電磁投射砲――つまりレールガンだ。
速射と破壊力には優れているだろうが、連射性能は低いと見受けられるし、弾数もそほど多くは無いだろう。
現在主流となっているハイブリットデュアルエンジン【ディアス】ですら、一度に供給できる電力は、主にADの稼働に使用されている。レールガンへ回す余力が多いと思えない。
最後に脚部の土踏まずに搭載されたパイルバンカー――杭打機だろう。
金属製の杭を火薬か電磁力によって高速で打ち込み、敵を踏みつぶし、殺す為に開発されているようだった。
「……面白れぇ。受けるぜ、そのお誘い。どうせもうミィリスはねぇんだろ?」
「ええ。アンタの居ないミィリスに、アタシたちレイスが資金援助をする必要も無いもの。
もちろんロシアのスポンサーは続けるけれど、このまま新しい組織も生まれず、数年結果が残せなければ――」
「さっさと切るってか? 手厳しいねぇ」
「アタシたちもビジネスでやってんのよ。慈善事業じゃないもの」
「ヒャハッ、気に入ったよ。マジでイイ。情け容赦ねぇ考え方。
オマケにお前らと一緒に戦ってれば――何時かは、アイツと戦えるだろうさ」
「……シロサカ・オリヒメ?」
「アァ。……オレの、愛しい、ハニィだよ」
リントヴルムの身体には、傷が絶えない。今も痛みが彼を襲っている筈であろう。
しかし――彼の眼光は、決して衰えない。
それは、愛おしい一人の少年と、再び相対する事が出来る、生への悦びである。




