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尋問中にて-02

『……強情にも程がある』


 霜山睦の耳に届いた声。それはリントヴルムへ尋問する男の声。


 思わず日本語で放たれた言葉を聞いて、彼女は伏せていた目を開き、その様子を見届けた。


体中は殴られ続けた結果の痣だらけ。爪は全て剥ぎ取られ、中には折られた指も見受けられた。


『ァア……? もう、終わりか……?』


 血反吐を吐きながら、尚も笑みを崩さぬリントヴルム。


 そんな彼にブルリと身を震わせた尋問官二人は、目を合わせ『本当に何も知らないのだろうか』と考えたが――


 そこで、リントヴルムの思わぬ言葉に、耳を疑った。



『んじゃァ、何が聞きたいンだっけか。ミィリスのバックアップ元?』


『な』


『ロシア空軍で間違いねェぜ。ただし、正確に言うとロシア空軍第四機動大隊から派生した特殊コマンド部隊を元にして、少しずーつ機体が横流しされてる。


 あぁ、第一と第二がやってるように見えるのはフェイクだ。あれは最終的に自警団に流されるようになってッからな』


『なぜ――なぜ話す? ここまで耐えきれば、後はそのまま知らぬ存ぜぬを貫くだけではないか』


 息を呑みながら、しかしロシア語で問いかけた男の言葉に、リントヴルムはきょとんとした表情で、首を傾げた。


『聞きたいんじゃなかったのか? まぁ、何つーか……俺の快楽にここまで付き合ってくれた礼っつーか、何つーか?』


『快楽、だと?』


『アァ。……今まで誰にも言ってなかったがよ、オレぁドエムなんでな。苦痛がカイカン、っつーかな』



 何度達したかわかンねぇぜ、と。



リントヴルムの下腹部が僅かに濡れている事に気付いた睦は、そのまま化粧室へと走り、喉元まで込み上げていた吐瀉物を、ただ洗面器へとぶちまけた。



**



名も無き無人島に落下寸前で、紺色の機体は僅かに姿勢制御を行った。


 電磁誘導装置より発生した力場が機体を僅かに空中で固定させ、そして静かに着地した瞬間、警報が鳴り響いた。


「遅いってーの。鈍足」


 警報機が煩わしかったので、一先ず管制室と思われる建物に向け、右掌を向けた。


掌より放たれる一発の砲弾。それは僅かに弧を描いたものの、綺麗な軌跡を描き、着弾。


爆発。コンクリート造りの建物は音を立てて崩れた。残念ながら管制室では無かったようだ。


 音は鳴り止まず、さらには防衛を目的としたAD――日本制式AD兵器【秋風】が三機、少女の乗る機体に近付いてきた。


『こちらは日本防衛省第四班六課、防衛隊所属の四宮透だ。そちらの機体は完全に包囲されている。大人しく投降しろ』


 手に持たれる60㎜突撃機銃の銃身が、紺色のADに向けられる。そして放たれる警告に、少女はニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。


「豚の癖に、良いご身分じゃない。包囲? 冗談、この状況のどこが包囲だって言うのよ」


 両手を掲げ、まるで投降するようなジェスチャーをした瞬間、僅かに機体を動かした秋風三機。


しかし、動いた時の隙を、紺色の機体は見逃さなかった。


自身の後方と前方で銃を構える二機に向け、掌をやる。放たれた重たい銃弾は二機のコックピットを貫き、四散させていく。


残る一機、自身の左方で僅かに狼狽えた様子の秋風に向けて、紺色の機体は地を蹴った。


俊足、と表現する事が一番相応しいスピードで駆けた機体は、一瞬遅く放たれた銃弾を避けながら、秋風の左腹部を蹴り付ける。


 地に機体を預けさせ、コックピットを踏み付けた上で――踏んだ右脚部の土踏まずに搭載された杭打機・パイルバンカーを稼働させた。


パイルバンカーによって貫かれ、コックピットを潰された秋風が、動かなくなった。


「さて――リントヴルムは、どこかなぁ」


 敵対する者がいなくなった事により、少女は笑みを無くす。


まるで、戦う事が楽しみであるかのように、少女の心は今、無心だった。


**


女子トイレに急いで駆けつけた遠藤義明。


 彼は未だに洗面器へ顔を埋める上官の霜山睦へ「一佐!」と声をかけると、彼女も蛇口を捻って僅かに口を注ぎ、毅然とした態度で「ええ」と応じた。


 敵襲による警報は既に聞こえている。場所は今いる尋問室付近より数キロ離れた別の棟ではあるものの、AD兵器による襲撃であるならば、数キロなど一瞬の内に辿り付ける範囲である。


「二佐、敵の目的は何と想定しますか?」


「恐らくあの男の回収かと。必要な情報はある程度引き出せました。奴を始末し、敵に奪取される前に」


 全ての言葉を言い終わる前に、衝撃が二名を襲った。


 恐らく敵によって撃たれたのだろう。廊下の一部が破壊され、外から丸見えの状態となる。


撃たれた場所は、リントヴルムが居た筈の尋問室。


 リントヴルムは椅子に縛られたまま床に倒れていたが、しかし意識はあるようだった。



「――ったく、手間取らせてくれるじゃない、リントヴルム・セルゲイビッチ・リナーシタ」


 外に、一機のAD兵器が着地し、機体のコックピットハッチを開け放った。


中より身体を出したのは、幼い風貌の少女だった。彼女はハッチから建物の廊下へ降り立って、リントヴルムに向けて歩き出した。


「止まれ!」


 義明が懐にしまっていた拳銃を取り出そうとした瞬間、少女はパイロットスーツの袖に隠されていたピストルを既に持っていて、短く引き金を引く。


 自然な動きで放たれた銃弾は、義明の右肩を貫き、その痛みによって彼は僅かなうめき声を上げながら、膝を落とした。


「二佐っ」


声を挙げた睦の事など見えていないと言った様子で、尋問室へと入った少女。少女はリントヴルムの前で立ち止まると、周りを見渡した。


「……隠してた、筈の……オレのフルネーム、知ってるオメェは、何モンだ」


「今ここで話す内容じゃないでしょ。紛いなりにもニホンの防衛省が、一部隊を出張らせてる状況よ」


 ピストルから二発、銃弾が放たれる。


 先ほどまでリントヴルムを尋問していた二名が倒れていたので息の根を止めた少女は、続けてリントヴルムの拘束具を撃ち、彼を解放させた。


「さ、行くわよ。アンタを回収しないと、アタシにギャラが入んないんだから」


「助かったって礼をすりゃいいのか?」


「冗談。アンタの礼なんか要らないわよ」


 短い歩幅で走る少女。彼女はコックピットへと入っていくと、機体の腕部を動かして、リントヴルムの身体を紺色の機体で掴み、そして背部スラスターを吹かした。


「ま、待ちなさい! 貴女、その機体は――!」


 勇気を振り絞り声を放つ睦の言葉に、少女が気付いたのだろうか。


 機体のカメラを睦へと向け、そして『へぇ』と外部スピーカーから声を放った。


『霜山睦じゃない。――アンタは今殺せないから、感謝しなさい。そっちのオッサンも、アタシに銃を向けようとした無礼は見逃してあげる』


 機体を空中で翻し、上空へ駆けていく紺色の機体。睦はその撤退を見届けた上で、自身の隣で蹲る、義明を案じる。


「大丈夫ですか?」


「っ、何とか。今までの職務中、撃たれたことはありませんでしたので。慣れぬ痛みはやはり堪えますな」


 思ったよりも状態は酷くなかったし、銃弾が貫通している事も幸いした。睦はすぐに上着を脱いで義明の傷に宛がい、止血を開始する。


「それより一佐。あの機体は」


「ええ。情報にあった【アルトアリス】でしょう」


「という事は、敵も【レイス】であると?」


「そう考える事が出来るでしょう。


 ……全く、冷戦をどれだけ長引かせたいのでしょうね。


【軍事産業連携機構】とやらは」


 止血が終わると、防衛隊のADが次々に集結してくる。


しかし既に時遅く、名も無き無人島を襲撃した機体は、もう何処かへ消えてしまっていた。

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