尋問中にて-01
そこは名も無き、小さな無人島である。
日本海と東シナ海の境に位置するこの無人島に、防衛省情報局第四班六課・通称【四六】が所有する作戦司令部が存在する。
四六の部隊長である霜山睦が乗船する強襲母艦【ひとひら】も、この島に着港している。
彼女は艦を降りた後、この島の中心部に位置する尋問室への道のりを歩いていた。
「これからお見せする光景は、一佐殿には少々ショッキングかもしれませんが」
「ショッキングな光景は見飽きています。私がどのようにして生まれたか、それをご存じない遠藤二佐では無いでしょう?」
「それは――そうですが」
彼女の隣を歩く、遠藤義明二佐。
彼は睦の発言を聞いて少々しどろもどろとしつつも、尋問室の隣にある一室へ入り、マジックミラー越しに、彼の様子を伺った。
鋭い三白眼、所々に酷く爛れた火傷の痕、しかし五体は満足に動き、今も尚全身の神経は痛みを訴えている筈。
彼――リントヴルムは、不敵な笑みを浮かべながら、尋問室の椅子に拘束具を着せられつつ、座っていた。
『では、尋問に移る』
彼と同席する大柄な男が二人。一人がロシア語で口を開くと、リントヴルムは退屈そうに欠伸を溢した。
『なンでもいいけどよぉ。こちとら、ついこないだまで死にかけてた人間だぜ? ちったぁその辺考えて尋問してくれよ』
彼の言葉を聞いて、男の一人はもう一人に向けて顎で指示をしつつ、日本語で命令を下す。
『やれ』
『ハッ』
先ほどまでロシア語で話していた男とは別の男が、強く握り拳を振り込んで、リントヴルムの左頬に叩き込んだ。
勢いよく床に転げ落ちたリントヴルムの髪を無理矢理掴み、椅子に押し戻すと、再び男が『君の要求には従えない』とロシア語で彼に語り掛けた。
『君は記録上、生きていてはいけない人間だ。尋問とは名ばかりで、君の態度次第では拷問となり得る可能性もある』
そこは留意しなさい、と男が言うので、リントヴルムは口に溜まった内出血を吐き出し、再び不敵な笑みを浮かべた。
『オレからなに聞こうってンだ』
『まず、ミィリスがどこからバックアップを受けているか。これはロシア政府及びロシア空軍からで間違いはないか』
『オレの古巣? 有り得ねぇよ。アイツらナマケモノばっかだからよ』
『おい』
『ハッ』
先ほどリントヴルムを殴った男が、今度はスーツのポケットからペンチのような物を取り出し、彼の手を掴んだ上で――右手の中指にある爪を、剥ぎ取った。
「っ、……」
睦の肩がブルリと震えた。今見た光景を、自身が経験したらと思えばの苦痛である。
『正直に言え』
『ぃ、っぅ……アァ、ショージキ。ショージキだよオレぁ』
『もう一枚だ』
今度は薬指だった。リントヴルムは爪を剥がされる度に表情を軋ませ、声にならぬ叫びを上げている。
人差し指、小指、そして親指――右手は全て剥ぎ取ってしまったので、今度は左手を強引に掴んだ所で、男は『どうだね』と再び問い直した。
『知らねぇって、言ってンだろ……ッ』
『強情だな』
そして左手の爪が剥がされていく。睦はやがて見ている事も困難となり、近くのソファに腰かけて、彼らの声だけを聴いていく。
リントヴルムの絶叫は、しばしの間、止む事は無かった。
**
東シナ海、上空。
一つの中型輸送機がそこにはあった。
雲の中を泳ぎ、僅かな気流によって揺れる機内には、もう一つ機体が横たわっていた。
それは紺色の八頭身。肩部に取り付けられた電磁誘導装置と、腰部のサイドアーマーに取り付けられた二門の砲塔が目を引くAD兵器だった。
『目標地点に到達』
「上出来よ豚共。なら機体投下と共に、アンタらは帰投なさい。経由ポイントはG3からG6」
『かしこまりました』
幼い少女の声が聞こえた。少女の声は、正体不明のAD兵器のコックピット内部より聞こえた。
薄いピンク色のパイロットスーツに身を包む少女は、白銀の髪をカールさせたロングヘア。
そして幼いだろうと想定する事が出来る小さな背が印象強かった。
事実、彼女の声は非常に幼げで、少々舌足らずさを感じさせた。
『目標降下までのカウントダウン、開始。五、四、三――』
奏でられるカウントダウン。少女は二本の操縦桿をしっかりと小さい手で握りしめ、そして――
『ゼロ。降下開始』
輸送機の下方ハッチが解放され、機体を固定していた接続が解除される。
落ち行く紺色の機体。しかし空中でクルリと一回転したADは、背部スラスターを吹かして、さらに降下速度を早めた。
――少女の駆る機体が、東シナ海に浮かぶ無人島へ落下するまで、二十秒と時間は掛からなかった。




