第一章 城坂織姫-04
姉ちゃんが用意した車に乗り込んで、AD学園へと向かう。
AD学園は先ほどまでいた住宅地域の他、大きく分けて三つの区画が存在する。
まずは最低学年・中等部区画。ここでは基本的にADには搭乗せず、まずは国際AD操縦免許の取得が義務付けられている。免許はどんなに子供であっても一定の知識と技術さえあれば取得自体は可能であるから、高等部に進学するまでに取得しなければならない。エリアはAD学園内では一番面積が狭く、学園島の中で一番住宅地に近い場所に存在する。
中等部区画を超えた先にある、格納庫区画。ここはその名の通り訓練用ADの格納庫が存在する。パイロット科の生徒は、ここで自身が貸し与えられている訓練用ADに搭乗し、訓練に向かう事となる。
さらにそこを超えると――オレがこれから在籍する高等部の校舎が見えてきた。高等部の校舎周りには、無数のグラウンドや演習場などがある。AD兵器を実際に動かして学習する事を目的に設置されている為、面積はAD学園内で最も広い。
「では、峰岸先生。愚弟ですが、よろしくお願いします」
「かしこまりました、理事長」
高等部の職員室へと連れていかれたオレは、髪の毛を全て刈り、一切を残さぬ坊主頭の男性に手を差し出されたので、握手をした。男性はオレが在籍する事となる一年Cクラスの担任、峰岸と名乗った。
「今まで米軍に居たんだってな」
「ええ、まあ」
少しだけ話しにくいと言わんばかりの歯切れの悪さで答えると、峰岸も笑いながらオレの頭を撫でた。
「ヒイキはしないからな。覚悟しろよ」
オレの頭を撫でる手の大きさがどこか懐かしくて、オレは少しだけ顔を赤くしながら、歩き出す峰岸の背を追いかけた。
「これからお前が在籍するクラスは――言っちゃあ悪いが、最低の成績を持つ生徒たちのクラスだ」
AD学園は入学時――大抵は高等部に進級する際に、ランクテストと言うものが設けられる。テストの結果次第で、最高のAランクから最低のCランクまでランク付けが成され、クラスが分けられる。
オレは筆記試験の成績も悪かったし、基本的なADの乗り方と言うものに慣れていなくて、先日受けたテストではCランクと判断された。
「だがオレは、技術はこれから学ぶ事が出来ると信じている。お前もいずれは名パイロットになれるさ!」
「まぁ、頑張ります」
「ああ! っと、ここだ」
連れていかれたクラスの前で立ち止まり、峰岸が力強くスライドドアを開けた。
「おはよう皆!」
今まで、雑談により喧騒の絶えていなかった教室内に峰岸の声が鳴り響くと、全員が全員、彼に視線を送った――後に、オレを見据えた。
「せんせー。その女の子誰~?」
「なんでスカート履いて無いの?」
「カワイー。お人形さんみたーい」
「静かにしろ! この子は転入生だ。今日から皆と一緒に勉強する事になる! さぁ、自己紹介しろ、城坂」
「はい」
教卓の前に立たされて、足を開き、手は後ろにやってから、息をスッと吸い込んだ。
「城坂織姫です」
名を述べた。だが、誰も何も、反応をしない。十五秒程経過した段階で、一番手前の席に座っていた女子が訝しむように
「そんだけー?」
と尋ねてきた。
「それだけだけど」
淡々と返すと、また別の女子が手を上げて、オレに質問した。
「織姫ちゃんは、何でスカート履いて無いの?」
「? 当たり前だろ。オレが、男だからだ」
質問の意味が分かりかねる。オレは男子なのだから、制服のズボンを履いていて何がおかしいと言うのだろう。
「えぇ、男子だったの!?」
「見えなーい!」
「ぶっちゃけ有り得なーい!」
「可愛い顔してるし小っちゃいし、声も高いし、どっからどう見ても女の子でしょ」
「ていうか織姫って、女の子の名前っしょ?」
「いや。そこは強く言うが、男だ」
米軍に所属している時も何度か勘違いされたが、オレは正真正銘の男である。
確かに身長は百五十三センチで十五歳と言う年齢を鑑みても小さい方であるし、おまけに童顔で女声だとは理解しているので、言われ慣れてはいるのだが、あまり気持ちのいいものでは無い。
「じゃあ、織姫ちゃんのあだ名は何て言うの?」
「あだ名――ニックネームか」
「そうそうー」
「アメリカに居た頃は『プリンセス』って、たまに呼ばれてたけど」
「お姫様だ!」
「そう。だからそのニックネームで呼ばれる度に、言った奴の顔面をぶん殴ってた」
「怖いってば! じゃあ何て呼べばいい?」
「普通に、城坂や織姫と呼んでくれればいい」
「じゃあ皆『姫ちゃん』って呼ぼうか」
「止めてくれ」
「えー、つまんない。じゃあ、姫ちゃんが決めていいから、なんて呼べばいいー?」
少しだけ思考する。このままでは『姫ちゃん』と言うあだ名が浸透してしまう。男である筈なのに、女子と思わしきニックネームは避けたい。
「……じゃあ『アーミーワン』で」
かつてオレが所属していた隊でのコールサインだ。これならば呼ばれ慣れているし軍人っぽいので、女子と思われる事は無いだろう。
「やっぱ姫ちゃんって呼ぼうかー」
「そうだねー」
『異議なーし』
なぜだ。なぜなんだ。これ以上ない完璧なニックネームじゃないか!
「はい、自己紹介は終了したな。じゃあ城坂は村上の隣に座れ。あそこの空いている席だ」
「あ、ちょっと待ってください先生」
「待てん。これからHRだからな」
クククと笑いながら、オレへ「早く座れ」と指示する峰岸に恨みの視線を送りながら、俺は予め用意されていた勉強机の椅子に腰かけた。
「よう、姫」
「次そう呼んだらぶん殴るぞ」
「こえー。あ、オレは村上明久。宜しくな」
隣に座る男子生徒――村上明久と名乗った少年は、黒髪の短髪とそこそこ整っている顔立ちをしながら、頬を手で支え、肘を机の上に置いてゆっくりとしている。
「オレ、クラス委員と生徒会の会計もやってるから、後でいろいろ教えてやるよ」
「助かる」
「所でさ、姫はどっから来たんだ?」
「一回」
「アメリカからってのは分かったけど、アメリカのAD学園で勉強してたのか?」
「いや。そもそも今まで学校に通ったことすらなかった。それにアメリカにはAD学園は無い」
「マジ? 各国にあると思ってた。じゃあ姫はちゃんとAD乗れんの?」
「二回。ADには乗れる。向こうで国際免許を取った」
「何、姫は軍隊かどっかにでも居たの?」
「三回。幼い頃から米軍に身を預けていて、後に在籍した」
「姫はさっきから何カウントしてんのさ」
「四回。お前が『姫』と呼んだ回数だ」
「もしかして、その回数分、後でオレを殴るつもり?」
「その通りだ」
「姫、姫、姫、姫、姫……」
「九回」
「姫ちゃん可愛い♪」
瞬間、いつの間にかオレの腕は伸びていて、一瞬の内に村上の顔面を捉えていた。
クラス内に、爆笑が蔓延う。ちなみに俺に対するお咎めは何も無かった。