第一章 城坂織姫-02
城坂楠。
AD総合学園一年Aクラスに所属する少女であり――オレとの関係性は二卵性双生児の双子、妹である……らしい。
彼女はオレにそう自己紹介をした所で、ソファに脱ぎ捨てられていた衣服――AD学園の制服を身に包み、リビングにある椅子へと腰かけた。
対面にはオレが座っている。彼女は、未だにグズグズと涙を流しながら、しかし綺麗な声で「ごめんね、みっともない所見せちゃって」と謝った。
だがオレは、そんな彼女を訝しむ目で見る他無かった。
オレは妹がいるなんて事を知らない。
母はオレが一歳にも満たない頃に病気で亡くなり、父はその後にオレを連れてアメリカへ渡った後、テロに巻き込まれて死んで、日本に残っていた姉ちゃんはそこで教養を受け、オレは――父の死後、預けられていた米軍に身を置き、戦っていたのだ。
日本と連絡を取る事も無く、妹がいる事など、知る余地も無い人生を送って来た。
「本当に、お前はオレの妹なのか?」
「お姉ちゃんから、聞いて無いの? 私と二人で暮らせって」
「聞いて無い。オレは一人で暮らすもんだと思っていた」
「まさかお姉ちゃん、また忘れてるんじゃ」
彼女――楠が溜息をつくと同時に、先ほどオレが取り出した携帯端末が、ブルブルと震えた。通話ボタンを押して、耳に当てた所で。
『あ、姫ちゃん? 楠ちゃんにはもう会った?』
「姉ちゃん。どういう事?」
『ごめーん、伝え忘れた』
「何でそんな大切な事、しかもオレには妹がいるなんて事を伝え忘れるんだよ!!」
思わず怒鳴り散らしてしまう。だが姉ちゃんは『ごめんねー』とあっけらかんと謝るだけだった。
『てっきり姫ちゃんも、妹がいる程度の事は覚えてると思ってたんだけど』
「覚えている訳ないだろ。仮に覚えているとしても、二人暮らしって事も聞かされてないし」
『それは普通に伝え忘れたの。ごめんごめん』
「もういい。話はこの子から聞いたから」
乱暴に通話終了のボタンを押して、溜息をついた瞬間。楠も同じように溜息をついた。
「やっぱりお姉ちゃんってば、伝え忘れ?」
「そうみたいだな」
「ホント、ワザとやってるんじゃないかって思うくらい、あの人は大切な事程教えてくれないんだから。お兄ちゃんが来るって知ってれば、私も歓迎の準備したのに」
「あの人は昔からあんな感じなのか……?」
いい加減な人だ。そんなんで良く理事長なんてものが出来るな……と、少しばかり呆れていた。
「それよりお兄ちゃんは、今まで米軍に居たんだよね?」
「ん、……ああ」
輝かしい程の光を帯びた目で、楠が問いかけてきて、オレもそれに答える。
「米軍では、ADに乗ってたの?」
「一応扱いは空軍所属だったからな。【ポンプ付き】に乗ってた」
「あ、GIX-P01Aだね」
「あっちじゃFH-26Xだぞ」
「そっか。米型番と日本型番の二つあるもんね。なら編入試験は楽勝だったんじゃない?」
「意外と難しかったな」
「じゃあランクはどうだったの?」
「C。最低ランクだな」
「そうなんだ! じゃあAランクの私がお兄ちゃんに、ADの事をいろいろ教えてあげられるねっ!」
おそらく、楠からしたら何てこと無い一言に、オレは少しだけ――ムカついた。
「楠は、ADに乗って、実弾を撃った事はあるか?」
「一応。講習で一回だけだけど」
「なら実弾で、敵を撃った事は」
「さ、流石に無いよ。まだ学生だし」
「じゃあ仲間を、戦場で失った事は無いんだな」
オレの言葉に、楠は何かを悟ったように息を呑んだ後、押し黙った。
「……ならお前に教わる事なんか、何もない。ADを教育用ロボットかなんかと、勘違いすんな。
――あれは兵器だ。人を、仲間を、殺す事が出来る、兵器なんだよ」
ギロッと、楠を睨み付ける様にした、オレの表情に、彼女は唇を固く結んで、それ以上何もいう事は無かった。
席を離れ、荷物を持って、予めオレの部屋だと教えられた部屋に入って、鍵をかける。
乱雑に衣服を脱ぎ捨て、用意されたベッドに身を投げたオレは――そのまま眠りについた。
**
城坂織姫が眠る部屋のドアに背中を預けて、城坂楠は手に持ったインスタント味噌汁に口付けた。
温かさを感じながら、フッと息をついたその時、織姫の声が、扉の向こうから聞こえた。
『ごめん――ごめんよ、マーク……ゴメン……っ』
小さく、しかし、確かに嘆かれる彼の言葉。それは、寝言なのだろうか。それとも、寝る前の懺悔なのだろうか。楠は、何も知らない。
兄が、今までどんな世界を生きてきたか。
彼女は、兄では無いから、知らない。