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愛情-03

「だいぶ帰りが遅くなっちまったなぁ」


 生徒会会計・村上明久は、高速戦パックを装備した秋風に搭乗しながら、夜のAD学園島を走っていた。


 学校行事として秋風に搭乗しているわけでは無い。


彼の機体は本日中等部の編入試験で使われる事となっていたのだが、

試験中に横転事故が起こった結果、先ほどまで中等部教師の下で修理が行われていたのだ。


『帰ってから整備科のパートナーにやらせますけど』


『いいや! 中等部の失態なのだから、中等部でなんとかする!』


 と言われた結果、明久の機体は返してもらえず、

しかし明日は朝一で実技授業があるので、置いたまま帰るわけにもいかなかった結果、遅くなってしまった。


 だが明久は「でも夜遅くまで秋風操縦できるなんてある意味ラッキーかも!」等と言葉にしているので、その能天気さが分かるだろう。


――そんな時だった。


空の向こう側。AD学園島の海に面する海岸部から、火の手が上がっている様子が、自身の搭乗する秋風のモニターが捉えた。


「うん、火事?」


 だがその方面には民家はないし、学園指定の寮なども無い筈だ。ある物は――


「駐屯基地からだ」


 自衛隊駐屯基地。総計十機程度の秋風が配備されている小さな基地ではあるが、

AD学園がテロや紛争に巻き込まれた場合に出撃できるようになっている。


更に今、爆風が舞い上がった。


どうやら上空から【爆撃】を受けているように見受けられた。


「………………え? 爆撃ぃっ!?」


 ウゥーッ!! ウゥーッ!! ――と。


AD学園全域に響き渡る、巨大な警報の音。


眠っている者の目を醒まさせ、また起きている者の身体を畏縮させるほどの轟音で鳴り響いた敵襲警報を聞きながら、明久は溢れ出る冷や汗を拭う事すらできなかった。


『村上、聞こえるか?』


「あ、はいっ、会長補佐っすか!?」


 携帯端末と無線接続を行っているインカムから聞こえてきた、会長補佐である久瀬良司の声に、どもりながらも返答を返す明久。


『君は何故、秋風に搭乗している?』


「さっきまでちょっとしたイザコザがあって」


『武器はあるか』


「え、いや、模擬弾しかないっす」


『今すぐ生徒会用の格納庫へ向かえ。実弾が装填されている装備が一式ある筈だ』


「あの、これマジで、実戦ですか?」


『そうだ。気を引き締めろ。僕もすぐ向かう』


 通話が切れた。良司が切ったと言う事だろうが、

彼は焦りが止まらず、ただその場で立ち尽くしていた。


――いやいやいや、やばいやばいやばい!!


 生徒会に所属している彼は、確かに生徒会が出張らなければいけない実戦がある事も聞いていたが、

自衛隊の駐屯基地もあるこのAD学園へテロを仕掛ける奴なんかいないだろうと高を括っていた彼にとって、今の事態はあまりに想定外の出来事であったのだ。


「ま、まずは実弾――実弾を!」


 急ぎ、格納庫区画まで向かおうと、フットペダルを押し込んだ――その時である。


目の前に、一機のADが、上空から姿を現し、着地した。


秋風では無いAD兵器を見たのは、資料で見た映像以来だった。見覚えは確かにある。


ロシア空軍制式採用機である【ディエチ】だ。


――つまり敵は、ロシア!


『よぉ、コンバンワ。AD学園の生徒さんよぉ』


 何語か分からぬ言葉で語られて、頭が真っ白になった明久は「あ、アイドントスピークイングリッッシュ……」と答えながら、機体操縦桿を急いで、押し戻した。


機体を反転させて、逃げ出す明久機。だが、背を追いかけるディエチの追撃も早かった。


『今の、ロシア語だっつーの』


 またも何を言っているか分からない言葉と同時に、ディエチが地を蹴って空を舞う。


 明久機の眼前へと着地したディエチは、腕部を振り込んで明久機の胸部へ叩きつけると、秋風がグワンと体を揺らして、近くの電柱へ身体を預けた。電柱が倒れ、秋風も尻から地面に落ちる。


「かは――っ!」


 揺れ動かされた衝撃によって、明久は苦しくなる胸を抑える。シートベルトが食い込んだのだ。


「ん、なろぉっ!」


 立ち上がる前に右脚部を振り込んで、ディエチに蹴りを入れ込んだ。


 ガクンと揺れるディエチを前にして、明久は両腕を軸に立ち上がり、臀部に装備されていた60㎜突撃機銃の引き金を引いた。


模擬弾が装弾されているだけの機銃ではあるが、敵機はそれを見抜く前に行動を開始。


路上を蹴りながら走るディエチは、やがて秋風が装備する武装が模擬弾である事に気が付いたようだった。


『あん? なんだ、ニセモンかよ』


「日本語喋れってぇの……! アメリカ帰りの姫でも日本語喋ってんだぞっ、クソヤロォッ!!」


 キャタピラ稼働で後方に下がりながら、模擬弾を放ちディエチから遠ざかっていくが、しかしディエチは模擬弾の雨を気にする事も無く、機体を前進させた。


 着弾する模擬弾。衝撃は殺せて無い筈なのに、気にする様子も無く、ディエチは再び秋風の胸部を蹴り付けた。


『ふぅ。銃弾の中突っ込むってぇのはやった事ねぇかんな。ニセモンって分かっててもスリリングだぜ』


「が、ごふ……っ!」


 再び揺れる機体。今度はシートベルトが胸部を強く締め付ける感覚によって、身動きを取る事が出来なかった。


咳き込みながら数秒の時間が経過すると。コックピットが外部解放レバーを用いられ、開け放たれた。


コックピットハッチに手を付けて登って来たパイロットと、明久の目が合う。


耳元まで伸びる、輝くような銀髪。端麗の顔立ちと透き通るように白い肌、鋭い三白眼。


ニタリと不気味な笑みを浮かべる、ロシア人の男。


そんな人間を目の当たりにして、明久はグッと顎を引いた。


(あー、俺殺されるんだな)


 こういう時、パイロットは殺され、機体を奪われるのが定石だと考えた明久は、恐怖心を何とか堪えつつ、目を閉じて「はよ、殺せ」と願い出たが、男は言う。


「オレ、エーディーデシカ、ヒト、コロサナイ。デロ」


 拙い日本語ではあったが、男は確かな発音でそう言い放ち、明久が着込んでいたパイロットスーツの胸倉を掴み、彼をコックピットから追い出した。


コックピットハッチから放り出され、しかし一度秋風の装甲を掴んだ事から、幾分か衝撃を殺しながら地面へ落ちる事が出来た。


尻からコンクリートに落ちたので痛かったが、その痛みを堪えている暇もない。


「……ヒヒッ!」


 男――リントヴルムは、秋風のコックピットに座り込み、操縦システムを確認した。


OMS、操縦桿の位置、フットペダルの調整、それら全てを終わらせたリントヴルムは、秋風の機体を立ち上がらせる。


『ひゃひゃっ、サイッコォだぜぇっ!!』


 初めて搭乗した機体。初めて無傷で捕える事が出来た機体に、彼はただ興奮を強めていた。


『しかもなんだよなんだよぉ……ディエチより明らかにハイスペックじゃねぇかっ!』


 リントヴルムは、秋風のプラスデータユニットを全て排出した。


素体姿となり、その場で操縦の感覚を確かめる様に動き出した秋風を見上げながら、明久がどうにかして機体を取り返せないかを考えていた――その時。


『村上、物陰に隠れていろっ!!』


 不意に聞こえた、久瀬良司の声。明久はパイロットを失い、もぬけの殻となったディエチのコックピットへとよじ登り、中に入り込んだ。



瞬間、轟音と共に、リントヴルムが奪った秋風が、後方へ飛び跳ねた。


先ほどまでリントヴルム機が居た場所に、115㎜砲の砲弾が着弾。その威力を内包したままコンクリートへめり込む。


衝撃は、コックピットハッチを閉じていなかった、明久が隠れるディエチの中へと届くほどだった。


『村上、無事か』


「な――何とか!」


 急きょ、ディエチのコックピットへと届く声に返事をすると、機体眼前に着地した良司が駆る秋風――【フルフレーム】だ。


『新手かい。お前、英語だったら分かる?』


『英語、中京語ならば話せます』


 英語で言葉を放ったリントヴルムに、良司も同じく英語で返す。


『助かるぜ。そっちのバカはこの国際社会のご時世、英語も喋れねぇでやんの』


『部下が大変失礼をした。貴方の組織と、お名前をお伺いしたい』


『ミィリス。名前は……そだな。【ロシアの豪龍】って言えば、解るかい?』


『何と』


 リントヴルムの名乗りに、良司が一瞬だけ声を強張らせた。


『元ロシア空軍のエースパイロット、リントヴルム殿でいらっしゃいましたか。


ミィリスと言えばロシア軍がバックに付いていると有名なテロ組織。


まさか名高きパイロットがテロリストに身を下していたとは……光栄と同時に失望が、胸の中を渦巻いております』


『御託は良い――やろうぜ、テストパイロット』


 リントヴルムが言うと、秋風の両腕を広げて、良司が動くのを待った。


フルフレームが暴風と共に巨体を浮かせ、舞い上がった瞬間、リントヴルム機は右腕部スリットに隠されていた、ダガーナイフの安全装置を力任せに取り外した後、それを振り切っていた。

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