愛情-02
城坂織姫は、泣きつかれて眠ってしまった。
十五歳の少年。だが精神年齢はもっと若く、まるで幼子のようだった。
自身の布団へと彼を寝かせ、寝顔を撫でた神崎紗彩子は、微笑みながら携帯端末を取り出した。
連絡帳に登録してある人物を検索する。
カテゴリー【生徒会役員】の中にある、一人の電話番号――秋沢楠に、電話を掛ける。
『こんばんわ、神崎紗彩子さん』
「ごきげんよう。貴女と少しばかり、お話がしたいと思っております」
『残念ですが、少々立て込んでおります。お話ならば明日お伺いいたしますが』
立て込んでいる、と言う言葉の意味。それはもしや――
「城坂織姫さんをお探しでしたら、我が家でお預かりしています」
『な、っ!』
ビンゴだ。紗彩子は小さく「どうでしょう」と呟きながら、彼女へ交渉する。
「お話、出来ませんか?」
『……場所は、どちらで落ち合いましょうか』
「武兵隊の執務室では如何でしょうか」
既に時刻は夜九時を超えている。本来ならば校舎に入れるわけはないが、
紗彩子には部兵隊隊長と言う権限があり、楠も生徒会会長と言う権限がある。入室は容易だろう。
『……かしこまりました』
「では、お待ちしております」
そう言って通話を切った紗彩子は、今も尚寝息を立てる、織姫を見据えた。
「……なんでかしら。あなたの事を、放っておけないのです」
初めて出会い、初めて敗北した殿方。
生意気な所も、しかし人の事を思って行動できる熱意も。
そして――彼が今何より傷付いている事にも。
彼の全てを『愛おしい』と、思ってしまったのだ。
**
城坂楠が、武兵隊の執務室前に辿り付くと、自身がまとう制服を確認する。
これより先は『城坂楠』としてでは無く『秋沢楠』として人と出会うのだと念頭に置きつつ、彼女は部屋のドアをノックした。
『どうぞ』
神崎紗彩子の声。彼女が既に入室を済ませている事を確認しつつ、楠はドアを開けた。
二人掛けのソファが、机を挟んで二つ置かれており、そのうちの一つに彼女は腰かけていた。
紗彩子は、残った一つのソファを示しながら「お掛けください」と指示を出してきたので、
楠もペコリと頭を下げながら、ソファに腰かけた。
「お話とは、一体なんでしょうか」
「城坂織姫さんの事です」
「城坂さんは、今貴方のご自宅に?」
「気持ちよさそうに眠っていらっしゃいます。どうやら、生徒会の正体を知ってしまい、大変傷心のご様子です」
「はて。生徒会の正体とは何なのでしょうか?」
「とぼけないで頂きたい。
生徒会は、いえ貴方は【雷神プロジェクト】とやらを推し進めている者の、一人なのでしょう?」
楠の眉がピクリと動いた事を、紗彩子は見逃すことは無かった。
「彼をプロジェクトから引かせなさい」
「なぜ貴方がプロジェクトの事を知っているかは問い質したい所ではありますが、それはできません。
雷神プロジェクトは、今後の【戦場】と言う物を一変させる大きなプロジェクトなのです」
「それを否定は致しません。勝手に推し進めればいい。叶うのならば叶えてください、その夢物語を。
――ですが織姫さんを、これ以上巻き込む事を、良しとするわけにはいきません」
「なぜ貴方が、城坂さんにそこまで固執するのです? 彼がどうなろうが、貴方には関係ない。
貴方は以前の模擬戦でもそうでしたが、彼に対して過干渉すぎるのではないでしょうか」
「私が織姫さんを愛しているから――と言えば、答えとして上出来になるのでしょうか」
紗彩子の放った言葉を聞いて。楠は驚きと共に、彼女の表情を見据えた。
「彼は、今とても傷付いていらっしゃいます。
自らの出生を聞き、信じた家族に騙された事に……誰よりも今、心が折れそうになっている。
愛した殿方が、傷付いている現状を見せつけられて――それに憤怒しない女が、どこにいるのでしょう」
怒りを内包した声を放ち、紗彩子は力強く立ち上がった。
「これ以上、彼を傷つけないで頂きたい! 彼には他に歩むべき道がある。彼には他の幸せを見つける権利がある!
雷神プロジェクト等と言う、戦いを強いる夢物語を、これ以上彼に押し付けないで下さいっ!!
彼は――私が幸せにしてみせます。貴方のような女に、これ以上彼を振り回させるわけにはいかないっ!!」
【秋沢楠】……否、【城坂楠】は。
今、心の底から、目の前にいる女が――大嫌いになった。
「言わせておけば……好き勝手な事を言うな、この……色ボケ女ッ!」
「なっ!?」
「私だってお兄ちゃんが大好き! お兄ちゃんがどうして雷神プロジェクトの事を知っちゃったかなんて知らないけれど、今はそんな事どうでもいい!
アンタなんかに、お兄ちゃんは渡さない!
お兄ちゃんには必要なの! お兄ちゃんが幸せになる為に、幸せに戦う為に必要だから、私は雷神プロジェクトを推し進めるのっ!
部外者のアンタが、好き勝手言うんじゃないわよっ!!」
「お兄ちゃん……? あの人が、幸せに生きるために、必要……? 貴方、何を」
「私は城坂楠っ! お兄ちゃんのたった一人の妹で、お兄ちゃんを誰より愛してる、血の繋がった家族なの!
他人のアンタにとやかく言われる筋合いもないし、私はアンタなんか大っ嫌いっ!!
私からすれば、アンタの方が、お兄ちゃんを誑かす、魔性の女よっ!!」
「妹? ――ならばなぜ、それこそ彼を傷付けるのです!?
雷神プロジェクトが彼を幸せにする為に必要と言いますが、彼に戦いを強いる事が、なぜ幸せに繋がるのですか!?」
「部外者に教えるわけないじゃん! いいからお兄ちゃんを返して、私の所に返してよっ!!」
「いいえ、全てを聞くまでお返ししません!
貴方が愛する兄君を傷付ける理由がはっきりとするまで、貴方の下に返すわけにはいかない――!」
口論はヒートアップ。
互いに互いの主張を覆すことは無く、城坂楠と神崎紗彩子は、互いに互いの瞳を睨み合わせながら、叫ぶしか無かった。




