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第一章 城坂織姫-01

 現地時間、2089年6月25日、2030時。

日本AD総合学園諸島。AD総合学園島空港内・喫茶アンドロ。


オレ――城坂織姫は、注文したオレンジジュースが届くまでの間、予め用意されていたタブレット端末内の書類データへ目を通し、記載漏れが無いかどうかを確認していた。


城坂織姫、十二月二十四日生まれ、現在は十五歳。編入先はAD総合学園高等部パイロット科、一年Cクラス。


何度も確認をした事ではあるが、尚も確認を怠らずに行った所で、注文したオレンジジュースが運ばれて来たので、備え付けのストローを差し込み、一口飲む。


 喉を潤す酸味、スッと通るオレンジの風味が、喉だけで無く心すら潤すように感じられ、オレはフゥ、と息をつく。



「姫ちゃん」



 そんなオレに声をかけてくる、一人の女性が居た。


 綺麗な黒髪を首元まで伸ばし、前髪は真ん中で分けられて、表情は良く見える。


 目鼻が整った麗しい顔立ち。大人びた笑みを浮かべた女性は、スーツ姿を見せびらかした後、オレの対面席へと腰かけた。



「私の事、覚えてる?」



 首を傾げて訊ねる女性の言葉に、オレは首を振る他無かった。


このタブレットを用意した人物である、という事はわかる。だが、彼女がそうであると言う証拠はないし――単純に彼女との時間が、オレの記憶上に無いのだ。



「そうよね。最後に会ったのは、貴方が四歳の頃だったもの」


「姉ちゃん――で、いいのか?」


「ええ。私は、貴方の姉ちゃんよ」



 城坂聖奈。齢二十八歳の女性でありながら、日本AD総合学園の理事長を務めている。


 姓と、そして彼女の自己紹介通り――オレとは血が繋がった、家族と言う事になる。



「本当に、会えて嬉しい。もう二度と会えないかと思ってた」


「オレも、今更家族と会えるなんて、思いもしなかった」


「さ、疲れたでしょう。まずは転入手続きを簡単に終わらせましょう」



 彼女――姉ちゃんは、ハンドバックの中に入れていたタブレット端末を取り出して、オレが持つタブレットから無線通信でデータを受け取った。



「……うん、よし。書類は万全ね。明日から貴方は、このAD学園の生徒になる」


「学校、か」


「夢みたい?」


「そう、だね。これも、思いもしなかった」


「人生ってのは長いもの。何があるかは分からないのよ」


「よく、分からない」


「これから分かっていく。今貴方が知っている事が、世界の全てってわけじゃない」



 オレはオレンジジュースを。姉ちゃんは運ばれてきた水を、入っていた氷ごと噛み砕いて飲み干した。



「じゃあ、帰りましょうか」


「オレの、帰る場所って」


「貴方がこれから住む場所が、貴方の帰る場所よ」



 オレの手を握る、姉ちゃんの手。その手は――マークよりは小さい、女性の手だった。


彼女に手を引かれて歩き出し、空港のロビーを抜けて、AD学園を一望する。



そこかしこを、ADが飛び回っている。


 軍用兵器が飛び回っているにも関わらず、目の前に広がる大都市とも形容できる景色の中で、人々は日常を満喫している光景が、オレには何とも異様な光景に思えた。


 姉ちゃんが近くに居たタクシーを捕まえて二人で乗り込むが、オレは窓から見える景色をずっと見続けている。



――2041年。日本のとある会社がパワードスーツの延長線上として、AD――アーマード・ユニットの根幹を生み出した。



 当初、宇宙開発を目的として作られていたそれは、戦闘能力を持っていた事が非常に注目されたのだ。


来るべき宇宙人との対話を考えられた、対話する為の兵器。


 だがそれは、思いもよらない場所で活躍する事となる。言わずもがな、軍隊である。


 2053年。このADという物は全世界で使用される事になり、そして今やこのADの技術開発が、国家間の力量になると言っても過言ではない所まで来ている。



 そこで設立されたものが、AD総合学園である。



 十二歳以上の子供は、AD総合学園のテストを受けることが出来、合格すれば入学金や費用などは防衛省及び文科省が受け持ち、最新鋭の機体で教育を受けることが出来る教育制度を導入した。


横須賀基地の近海に人工諸島を作り出し、島を丸々学園として運用する事で、子供たちは学園で日々を過ごし――そしてADの技術を学んでいく。



オレがタクシーから降ろされた場所も、AD総合学園島にある一つの学生寮だった。


 十五階建ての高層マンション。ロビー前で姉ちゃんに一つのカードキィを手渡された。五階にある505号室を割り当てられており、そこに住むよう指示される。



「じゃあ、明日また迎えに来るから。今日はゆっくり休みなさい」


「ありがとう」


「家族だもの。この位当然よ」



 ニッコリと笑った姉の表情に、オレは笑顔を向ける事は無い。走り去っていったタクシーの姿が見えなくなった事を確認すると、オレはマンションへ入ってエレベーターに乗り、五階へ。


505号室の扉前に立って、鍵がかかっている事を確認すると、扉に備えられていたカードキィタイプの鍵に、手渡されたカードキィを接触させる。


ピッ、と。音を鳴らしながら開錠された事を確認、オレはドアノブに触れた。


 スライドドアが開け放たれ、俺は部屋に入った――その時に気が付く。



部屋の中に、誰かいる。いや、誰かいる所では無い。



 505号室の部屋は、まるで今も尚、人が住んでいるかのように整理され、そして生活必需品に満ち溢れている。


入り口近くに用意されたキッチンには、使い古された冷蔵庫、電子レンジ、そしてIHクッキングヒーターとガスコンロが置かれ、今も電子レンジは稼働していた。


おまけにキッチンの奥にあるリビングには、電源の付いたテレビもあれば、ソファは先ほどまで人が居たように衣服が脱ぎ捨てられている。


 しかもスカートだ。この日本と言う国は、現在2089年になろうとも、男性がスカートを履く文化は無い筈だ。必然的に女性が住んでいる、という事になる。


 だが与えられたカードキィも反応し、姉ちゃんにも505号室である事を確認した上でこの部屋に入ったので、オレが入る部屋を間違えた、という事は無い筈だ。



一体、誰が。



つい警戒し、着込んでいたズボンの後ろポケットに手が伸びそうになったが、そこにもう銃は無い。震える手をギュッと握りしめ、溜息をついて靴を脱ぎ、部屋内を歩く。


キッチンはしっかりと清掃が行き届いている。油汚れ一つなければ、洗い物もキッチリと全自動食洗器へと入れられ、今も稼働している。


 同じく稼働していた電子レンジが今音を鳴らして停止した。中に入っていたのは、水を入れて加熱するタイプのインスタント味噌汁だった。レンジに入れるなと書いてある。


リビングへと入る。テレビは国営放送のニュースを流し、パソコンは先ほどまで調べ物をしていたのか、そちらもニュースサイトの画面が映し出されていた。ちなみに記事は『USA・UIG襲撃』の記事である。


リビングの机には、様々な可愛らしいキャラクターの小物が置かれているし、ソファには先ほども見た女性用の衣服が転がっている事から、何となく想像が出来る。



――今、この家に住んでいるのは、若い女だ。



携帯端末を取り出し、先ほど連絡先交換をした姉ちゃんに電話をかけようとした……その時。


ガチャ、と。ドアが開閉した音が鳴り響いた。リビングの隣にある、恐らく風呂場へと続いているだろうドアからだ。オレがそちらに視線を向けると。



「あ――」



やはりと言うか何と言うか、女性がそこにはいた。橙色の髪は背中まで下されており、所々に水滴が付着していて、今フローリングに滴った。



顔立ちは、所謂美少女と形容すべき綺麗な顔立ちをしていた。目はクリッと丸く、鼻もスッと伸びているし、おまけに薄い桃色の唇は、入浴の後だからか綺麗に光っていて、輝きを見せびらかしている。


肩にかけられたタオルにより乳房は一部隠れているが、大きさは非常に目を引いた。少女が一呼吸する度に揺れる乳房は重力に逆らい天へと向いており、非常にハリがある。


かと思えば、腰まで続く体のラインはキュッと締まってクビレを魅せている。だが肉が無いわけでは無く、腹筋には適度な筋肉が身についていた。


ヒップも肩幅まで肥大化した綺麗な丸。秘部は女性用下着により隠れ、容貌を見ることは叶わなかったが、そこから伸びる脚部も綺麗なカーブを描いているし、適度な肉を身に着けた……何と言っていいだろう。「カモシカの足に似たスラリと綺麗な足をしていた」、と言う表現は月並みだろうか。実際のカモシカはキチンと筋肉が付けられているガッシリとした足つきらしいが。



 ここまで事細かに観察をしたオレを、変態と罵る事無かれ。


その、神秘的な魅力――彼女の女体には、それ程の魔力があったのだ。



 一人の男として、それ程までに整った女性の肢体を見せつけられて、目を離せる筈がない。



――オレの視線は、彼女に釘づけだった。



正体不明の彼女へと熱い視線を送る時間は、酷く長く感じられたが、実際には一分も経っていないと思われる。



「あの」



 オレが呆然としていると、彼女は恐る恐ると言わんばかりに胸元に手をやり、だが、しっかりと一言一言を発音した。



「織姫お兄ちゃん……だよね?」



 織姫お兄ちゃん?


オレは彼女の言葉に驚きながら、だが確かに名は正しいと、頷いた瞬間。


 彼女は瞳に涙を浮かべ、フローリングを蹴り付けて、オレへ腕を広げて、飛びついてきた。


彼女の程よく重たい体重に圧されて、フローリングへ背を預けたオレ。そんなオレの身体に、大きな乳房を乗せながら、ギュッとオレの身体を抱きしめる少女。



「会いたかった……会いたかったよ、お兄ちゃん……っ!」



 彼女は、ボロボロと流れる涙を、止める事無く、太陽のような輝かしい笑顔を向けて、オレへ思いの丈をぶつけた。

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