雷神プロジェクト-10
「来るべき有事、それは?」
清水先輩が、言葉を発する事の出来ないオレの代わりに、訊ねる。
「本来は城坂修一様主導の下に行われる筈であった雷神プロジェクトを再始動させる為には、再始動まで存在を知られてはならない。ですからこのデータは、愛知県にあるTAKADA・UIGと、我々が有するこの試作UIGにしかありません。
ですが万が一、その存在が他国に知られ、AD学園が戦場となった場合――雷神プロジェクトの根幹であるGIX-P001【雷神】及び【城坂織姫】が奪われぬように守る事。それが、来るべき有事への備えです」
守る為には、守るべき対象を手中に収めている事が、何より重要だ。だが多くに知られてはならない。
多くに知られれば、そこから情報が洩れる可能性は大きくなる。
だから楠はオレに、生徒会へ所属せよと命じた訳を、語らなかった。
だから会長補佐である久瀬先輩や他の生徒会メンバーは、訳を知らなかった。
全ては、仕組まれていたのだ。オレが、本来信じるべき――愛する家族によって。
「は……はは、あはは、あはははは……っ」
怒りも、絶望も、何もかもを通り越して、もうオレには、笑いしかこみ上げてこなかった。
オレが信じた家族は、オレの事を、ただ兵器を操る為に生み出されたコックピットパーツとしてしか、見ていなかったのだ。
あれだけ笑顔を振りまいてくれた姉ちゃんも、オレの事を「お兄ちゃん」と慕ってくれる、可愛い妹である筈の楠も――オレをただ、騙していたのだ。
「……もう、いい。帰るよ」
オレが小さく呟くと、哨が眼前に立ちふさがり、小さな手で、手を握ってきた。
「姫ちゃん!」
「離してくれ、哨」
「きっと、何かの間違いだよ! お姉さんも、何も姫ちゃんを騙そうとして、この事を隠していたんじゃ無いんだよ! きっと、姫ちゃんの事を心配して」
「何でそんな無責任な事が言えるっ!? 本当に、本当に姉ちゃんや楠が、オレの事を……オレの事をコックピットパーツだとしか認識していなかったら!? そうやって信じて、家族だって親愛して、でも違ったって裏切られたら!? そうなった時の方が、よっぽどオレは辛いんだよっ!!」
力強く叫んだオレの言葉に、哨はビクリと肩を震わせて、次第に表情を俯かせた。
オレは、その訳を知っているけれど、哨とて、家族に傷つけられている人間の一人なんだ。
――信じた家族に、傷付けられる事の恐ろしさを、彼女は誰より知っているのだ。
「もう、オレには雷神なんてモンを、操縦する力はない」
「武器を持つ事が、出来ないから?」
オレの言葉に、霜山一佐が訊ねてきて、頷いた。
「そうだ。一騎当千の超高性能AD兵器? そんなもん、引き金を引けないオレが使いこなせるわけないだろ。
もう雷神プロジェクトなんてもんが、本当の夢物語になったんだ。そんなものを守る必要なんか無い。
もしそれでもそんなプロジェクトが大切なら、勝手にやってろ。オレにはもう、関係ない」
オレは、来た道を辿って、何時もの世界へと戻っていく。
「だってオレには……もう、存在意義なんて、ないんだから」
――だが、今この時から、オレの居るべき世界など、どこにも存在しないのだろう。
**
――彼の手を、ずっと握っている事が、出来なかった。
明宮哨は、その場で膝を折って、瞳から流れる涙を抑える事無く、ただ嗚咽の声を上げるしか無かった。
「……所で、聞きたいのだが」
今まで冷静に、霜山睦が放っていた言葉を聞いていた清水康彦が、空になったティーカップを置いて、睦へと視線を向けた。
「オレが。そして、明宮妹がここに呼ばれた意味――それを教えて貰おうか」
そうだ、と哨も思った。今の話は、全て織姫の為に語られた事実だ。何も康彦や哨をここに呼びつけ、彼の出生を語る必要はあるまい。
情報漏洩を気にしているというのならば、生徒会役員である清水康彦が本来守秘義務の対象である雷神プロジェクトの事を耳にする事も、ましてや生徒会役員ですら無い哨が内容を聞く意味はないのだ。
「……こちらをご覧ください」
今までいた部屋は、長方形型の部屋は全て壁で覆われ、窓などは何もない牢獄のようでしか無かった。
だが、壁の面が一つ、シャッターを開ける様に上がっていき、先にある光景を二人へと見せつけた。
工廠だ。一面に広がる様々な機材やAD兵器用の部品、そして整備用格納庫は、AD学園が有する全格納庫よりも、設備が秀でている。
格納庫の一番奥で、自動整備装置に身を委ね、出撃を待つように立ち尽くす、八頭身のAD兵器が存在した。
外装は全て白色の彩色。秋風と同じくスラリとした四肢。肩部に取り付けられた電磁誘導装置。唯一違う点は、機体には「火器が存在しない」事か。
どんな機体にも存在する、火器迎撃システムであるCIWSも搭載されておらず、兵器と言うより――芸術品にも近い美しさがあった。
「AD学園屈指の天才であるお二人。清水康彦さんと、明宮哨さんに、お願いがあります。
……あなた方の手で、あの機体を完璧な存在に、仕上げて頂きたいのです」
――その芸術品こそ、雷神プロジェクトナンバーゼロワン。
GIX-P001【雷神】なのである。
**
格納庫区画の近くにある道路脇で、オレはただ座り込んで、夜も更けた空を見上げていた。
その空は、アメリカに居た頃と何ら変わらない。
星が綺麗に輝き、月が世界を照らしてくれる。月光と街灯がオレを照らし続けて、どれだけの時間が過ぎただろうか。
そんな事を考えていると、一人の女生徒が、オレの目の前に立った。
「……織姫さん?」
神崎紗彩子だ。彼女は、学生カバンを手に持ったまま、オレの事を見据えた上で、膝を折った。
「どうしました? 何か、あったのですか?」
心配していると言わんばかりの表情を浮かべ、首を傾げた彼女の言葉が、なぜか心に響いて……オレはいつの間にか、お願いを口にしていた。
「……神崎、お願いがあるんだ」
「はい、何でしょう」
「……今日、お前ん家に、泊めてくれないかな?」
「はい――はいっ!?」
驚愕しながら顔を赤めた神崎に、尚もオレが懇願の視線を送り続けると、神崎はやがて何かを察したように、小さく溜息をついた上で、オレに手を差し伸べた。




