雷神プロジェクト-05
「哨には、幸せな世界を生きて欲しい! 哨には戦場に出向くなんて、危険と裏合わせな世界で生きていて欲しくない!
本当は技師にだってなってほしくなかった! AD兵器なんて物に、興味を持ってすら欲しくなかった! だけどっ、……だけど」
叫べるだけ叫んだ後、彼女はがっくりと項垂れながら、倒してしまった椅子を戻し、再び腰掛けた。
「……なんで、そこまで大好きな哨に、あんな冷たい態度取るんだよ」
最初、オレと哨が雑談をしている時、彼女へ取った梢さんの、辛辣な態度。それは、オレにとってもある意味衝撃だった。
オレにも姉ちゃんがいる。姉ちゃんはいつもニコニコ笑って、柔らかな言葉を投げかけてくれる。
彼女の真意は、今のオレには――ずっと家族と離ればなれの生活を続けていたオレには、正直分からない。
だけど、それが姉と言うものなのだと思っていたオレにとって、家が、名前が、考え方が違うだけで、あれだけ違うものなのかと驚いたものだ。
「大好きなら、危険な場所にいて欲しくないなら、そう言えばいいじゃんか。なんで言わずに、キツイ言葉で接触を避けて、アイツを怒らせるんだよ。意味が分からねぇ」
オレの言い方も、少しばかりキツイかもしれない。だがそれが分からなければ、オレは何もいう事など出来ない。
彼女の言葉を聞く理由は無いけれど、聞かない理由だってないのだ。
なら、オレは知りたい。彼女が、大好きな妹に取る態度の理由を。
「……私と哨は、お堅い教育者である両親の間に生まれた子供です。幼い頃から勉強漬けだった私と哨は、それにより得た知識によって、互いに互いの進むべき道を決める事が出来ました。
私はプログラム構築が好きだったので、プログラムエンジニアとしての道を。
哨は幼い頃から機械弄りが好きだったので、技師としての道を。
私はOMSには興味が無く、量子コンピュータのエンジニアを志すつもりでしたが、哨はAD学園の整備科に進むと、進路を定めたのです。
元々理系であった父はある程度寛容でしたが、文系……しかも兵器や戦争と言う存在を嫌う母にとって、哨の決めた道は【悪】でしか無かった。
母との大喧嘩を経た哨は、しかし頑なにAD学園への進学を決め、その姿を見た私は、哨を見守る為にOMSの勉強をして、何とかOMS科に進学出来ました。
その時、私は思ったのです。
『あの子に冷たく当たれば、もしかしたらAD学園に居る事が嫌になり、他の道を志してくれるかもしれない』と。
『死に近い戦場へと出向く事が無い世界に、あの子を導けるかもしれない』……と」
それは、誤りだった。哨は誰よりも負けず嫌いで、何よりADと言うものが大好きだった。
だから母親が反対をしても頑なにAD学園への進学を決めたし、妹の事を想って冷たい態度を取った姉にも、憤りを感じる様になってしまった。
「あの頃の私はバカだった。哨の事を真に理解していたならば、それが誤りである事は解ったはずなのに。なのに私は、愚かな選択をしてしまったのです」
「ならなんで、今からでも謝ろうとしないんだよ。遅くねぇだろ。一言いうだけだろ。『哨の事が大好きだよ』、『哨の事が心配なんだよ』って、そう言うだけじゃねぇか。なんで誤りだと気付いた今も、冷たい態度を取ってんだよ」
「もう引き返すことなんて出来ないのです。こうなったら私が徹底的に嫌われてでも、あの子の進路を潰していくしかない。生徒会に入った理由も、あの子を退学にさせられる権限を得る為でした」
もしやと思い、オレは尋ねる。
「オレが生徒会に入る入らないのイザコザで出た模擬戦の話、受けないと哨と村上を退学にさせるって案は」
「私が会長補佐へ進言しました。本当はあなたが拒否してくれた方が、私にとっては都合が良かったのです」
何とも気持ちよくない言葉を聞かされたものだ。オレの選択は無意識に、哨を守ろうと思った彼女の意思を砕いた選択だったのだ。……だが、オレは自分の選択が、間違いだったとは思っていない。
「アンタは、それでいいのかよ。大好きな妹に嫌われて、大好きな妹に拒絶されて……それで辛くないのかよ」
「悲しいです。辛いです。でも、私と哨は姉妹なのです。
私にとって、哨はたった一人の可愛い妹で……いいえ、例え妹が百人いても、あの子はたった一人しかいない。哨にとっての私も、そうである筈です。私はあの子にとって、たった一人の姉。その絆で結ばれていれば、いずれは……いずれはあの子も、私の想いに気付いて」
「くれるわけねぇだろうがッ!」
ガン、と。机を強く殴りつけて、オレは怒りと共に、彼女へ罵声を浴びせるのだ。
「……バカかアンタは。たった一人の妹? たった一人の姉? その絆で結ばれていれば、いずれは気付いてくれる? そんなわけねぇんだよ、現実を見ろっ!
――アイツはその、たった一人しかいない母親に夢を拒絶されて!
たった一人しかいない姉に自分の言葉すら聞いてもらえない事に!
たった一人しかいない哨自身が、誰より傷付いている、たった一人の女の子なんだって、何で気が付かないんだよっ!」
オレの叫び散らした言葉に、梢先輩は、唖然と言う表現が相応しい表情で、ただオレの言葉を聞くだけだった。
「……家族って言葉を、何でもしていい、傷付けてもいいって、免罪符にすんな。
気持ちは言わなきゃ伝わんねぇよ。願っても、祈っても。
オレはずっと、家族と向き合う時間すらなかった。でも今、ようやくそんな時間が与えられた。――だから分かる」
家族だって、人間なんだ。向き合って、話し合って、そこでぶつかりあって……ようやく気持ちが通じ合うんだ。
「家族だったら尚更、自分の本心を哨に言えよ。哨の本心をちゃんと聞けよ。それが出来なきゃ、アンタと哨は家族でもなんでもねぇ。
ただ血が繋がってるだけの、他人でしかねぇんだよ……っ!」
――そこまで言って。オレは自分の頭を抑えて、そこで自分自身が言った言葉を、思い返していた。
『本心を聞けよ』と言う言葉。その言葉は――オレに直接、跳ね返ってくる言葉でしか無かった。
「……オレ、もう帰るよ。戸締り、よろしく」
「あ……あの」
「何だよ。オレは今イラついてるんだ。これ以上、余計な事言うなよ」
「その……ありがとう、ございました」
最後に、彼女はそう言いながら、オレに向けて深く深く、頭を下げた。
「……哨は、アンタの言葉を、待ってるはずだよ」
そう言うだけして、オレはカバンを掴んだ後、教室のドアを開け放ち、ある場所に向かう。




