雷神プロジェクト-04
「はい、書類は受理いたしました。ご苦労様です」
神崎へ書類データが入った外部メモリを渡すと、彼女は事務的に返事をした後、フッと微笑みを交えた世間話へと話題を変えた。
「生徒会はいかがですか? メンバーは優秀な方々しかいらっしゃいませんから、お困りでは無さそうですが」
「ある程度自由にやってるよ。相変わらず、何で入れさせられたか分かんねぇけどさ」
「理事長が計らった、との事ですが……お姉様なのですよね」
「ああ、そうだな」
まだ日本に来てから数回しか会っていない姉。……家族と呼ぶにはおこがましいかもしれないが。
「お姉様にお尋ねされたりなどは」
「別に、意味があるなら、それでいいんだよ。ただ、それが分かんないから不気味なだけで」
「そうですか。まあ、ご家族ならば、いずれ想いは通じるのかもしれませんね」
「そういう、ものなのかな」
「私もまだ子供ですので、偉そうには言えません。ですが、血の繋がった家族を道具のように利用できる程、人間の心と言うのは強くありませんから。何かしら、意味があると考える事は出来るではありませんか?」
「……そうだな。少しはポジティブに考えとく」
神崎の言葉を受け取りながら、オレは武兵隊が有する執務室より退室。
三年OMS科の教室へ戻ると、そこには一人の女生徒が二つのコーヒーを用意しながら、椅子に腰かけて項垂れていた。明宮梢先輩だ。彼女は、オレの入室と共に立ち上がり、部屋の鍵を閉め、さらにはカーテンまで閉め切った上でオレに「座ってください」と命じてきた。
「な、なんだよ。オレ、なんかしたか?」
「いいから。コーヒーを淹れてあります」
「あ……ども」
オズオズと座りながら、まずは頂いたコーヒーを口に含む。温かなブレンドコーヒーの香りと喉を通る苦味、酸味……それらがどこか、オレの心を落ち着かせた。
と、そこで目の前を見据える。コーヒーフレッシュを二個と、スティックシュガーを三本入れる梢先輩が見れて、オレはつい笑ってしまう。
「……なにか?」
「いや。哨は無糖派なのに、アンタは甘い方が好きなんだな」
「……あの子は、無糖が好きなんですか?」
「知らないのか?」
「ええ。……あの、哨は、オレンジジュースなどは好みますか?」
「確か飲んだとは思うけど」
「良かった……少なくとも間違いではなかったのですね」
「何なんだ一体」
オレがそう尋ねると、彼女はコーヒーを口に含んだ後、オレに向けて頭を下げた。
「ご相談に、乗って頂きたいのです」
「あー……哨の事か?」
「……はい」
「あんまり仲良くなさそうだもんな」
「やはり、そう見えますよね」
小さく溜息を吐いた梢先輩が、僅かな沈黙の後に、口を開く。
「……哨が、企業技師になるように、貴方からも説得をしていただきたいのです」
「企業技師? って事は、高田重工とかの技師になれって事か?」
「高田重工の技師となれば、TAKADA・UIG所属となりかねません。出来ればOMSメーカー技師に……戦場となり得ない場所に、何とか身を置かせたいのです」
「そりゃまた何で」
「パートナー契約を結んでいる貴方であればわかるでしょう? あの子の技術を」
それには強く頷く。
哨は今までオレが出会った事のない、最高の技師と言わざるを得ない。彼女が整備するADに乗れば、ほんの数パーセントだけでも生存率は上がるだろうと断言が出来る程である。
AD兵器というのは、パイロット技術や機体性能は当然の事ながら、整備レベルによっても生存率は左右される。多くのパイロットはその事実に目をつむっているし、中には整備の連中を下に見る奴らもいる。
だが、誰より機体に、AD兵器と言うものに触れているのは、技師本人である。技師が機体の能力を百パーセント以上まで引き出せるようにしているからこそ、オレ達パイロットは戦う事が出来るのだ。
「あの子がこのまま技術を磨いて行けば、いずれ軍属や、高田重工の技師となりかねない。いいえ、なれてしまう。そうなれば、戦場に近しい場所へ出向く可能性と言うのも、捨てきれません」
「それは、哨が選ぶ道だ。オレ達がとやかくいう事じゃないだろ」
「ダメです。その道だけは絶対に選んじゃダメなのです。だって……だって」
「だって、何だよ?」
「私は、哨が大好きなんですっ!!」
力強く叫んだ梢先輩が、椅子を倒しながら立ち上がる。




