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最後の想い-10

最後に立ち寄る場所がある。


私はもうそろそろ面会時間も終わる夕方の時間に、商業区画に存在する大型病院へと立ち寄り、顔見知りの看護師さんたちに挨拶をしながら、一つの病室へと向かう。


そこでは、一人の少年が、ベッドで横になっている。




――もう、二年も目を覚ましていない、私の兄である城坂織姫が。




私とお兄ちゃんは、城坂修一と言う男と城坂加奈という女の遺伝子を分けた、別々の受精卵から生まれた存在だ。


そして私達は普通の人間ではなく、受精卵の段階で遺伝子を組み替えられ、常人よりも優れた身体を有している。


だからお兄ちゃんは、あの城坂修一との決戦や、リントヴルムとの戦いで傷を負い、多量の血液を流しても常人よりは生き残りやすく、また確かに死を免れ、命を繋ぎ止めた事に間違いはない。



 けれど、お兄ちゃんは目を覚まさない。



医者は、脳へ酸素を送る血液の不足が、長く続いた結果だという。


回復するかは本人次第。そしてもし、目を覚ましたとしても、脳に障害を負っていたり、記憶を無くしていたりするかもしれないし――回復する見込み自体、とても低いのだという。



私は時間が許す限り、毎日ここで、お兄ちゃんの手を、私の震える手で、握りしめている。


目を覚ました時、お兄ちゃんが困らない様に――いや、違う。


そんな大義名分なんかいらない。正直になれ、私。


私は、ただ一秒でも早く、お兄ちゃんに目を覚まして欲しいんだ。



「おはよう」って、言って欲しいんだ。



私達は、普通の兄妹として生まれる事は出来なかった。


生まれてから四歳になるまでは会う事も出来ず、初めて出会った時にカッコいいと思えたけれど、すぐに別れる事となった自慢のお兄ちゃん。


二年前の五月、大きくなったお兄ちゃんと再会した時、お兄ちゃんの心は酷く傷ついていた。


 けれど、哨さんや紗彩子、そして今日会って来た人達と触れ合う事で傷を癒して、私とも笑い合えるようになっていったよね?



「……お兄ちゃん、今でも皆、お兄ちゃんの事、信じてるんだよ」



 久世先輩も、梢さんも、清水先輩も、のどかも、村上さんも、お姉ちゃんも、藤堂さんも、エミリーさんも、天城先輩も、ズーウェイも、哨さんも、神崎紗彩子も。


皆、お兄ちゃんが目を覚ましてくれる事を、何時だって信じてる。



「だからお願い……目を覚まして……」



 手を、握りながら。


私はあの時、お兄ちゃんがしてくれたように――触れるだけのキスをする。



「私はお兄ちゃんと一緒に、残りの一年……たった一度の高校生活を……青春をしたいんだよ……っ」



 **



 声が聞こえた気がして、彼は目を開いた。


 そこは一面の雪景色。


その光景は彼――城坂織姫には、見覚えがあった。



――初めて、リントヴルムと争った場所、雪化粧の施された、ワシントン基地だ。



 ミィリスの前身組織【ヴォーロス】へ攻撃を仕掛ける為に出撃準備を整えていたアーミー隊へ、先制攻撃を仕掛けて来た彼らの攻撃により、AD部隊はリントヴルムと織姫を除き、全員が撃墜される事となった、彼にとっての傷跡だ。



『ここは……』



 雷神のパイロットスーツを着たままの彼は、これが夢か幻か、それとも走馬灯の様な物かを知ろうともせず、ただその景色を目に焼き付ける。



『オリヒメ』



 声が、聞こえた。


ふと振り返ると、そこには笑みを浮かべた義父――レビル・ガントレットの姿があって、思わず彼は二歩ほど後ずさり、怯えた。


 ガントレットは苦笑しつつ、彼へと歩み寄って、その頭を撫でた。



『そうか……ここは、お前にとって傷の場所だったな』



 傷は、二つ。


一つは、リントヴルムというパイロットがいるという恐怖を植え付けられた場所であるという事。


もう一つは――このレビル・ガントレットが、そんな恐怖に怯えていた彼へ「恐怖を捨てろ。でなければ死ぬだけだ」と一喝し、彼を抱き寄せる事もしなかった事。



それが分かったからこそ、ガントレットは彼の小さな体を抱き寄せ、力いっぱい、目一杯彼の体温を感じるように、強く、強く抱き締めた。



『ダディ……』


『ごめんな、オリヒメ。私は不器用だった。お前を正しく育てる術を知らなかった。でも私は、お前の事を、一人の父親として、愛していた』


『うん……オレも、ダディの事、大好き……っ。


 ああ、ちゃんと言えた……言えたんだ……っ!


最後に、お別れ……言えなかった……っ、ダディが、死んだって親父から聞いて……最後の最後まで、後悔したんだ……っ』


『お前には、伝えてやれなくて、ごめんな』


『いいよ、ダディ。オレ、もう心残り、無いもん……リントヴルムとも、楠とも、哨とも、神崎とも、お別れのキス、できたから……これで安心して、死ねるよ……ダディと、一緒の所に、逝けるよね……?』


『それはダメだ、オリヒメ』


『え――』



『お前はもっと、沢山の事を知りなさい。



 戦いだけじゃなくて、他人を殺す術だけじゃなくて、ADなんていう金属の塊だけじゃなくて……



 もっと、こうして触れ合う、他人との営みを』



『ヤダ……置いてかないで、ダディ……っ』


『置いていかないよ。何時までも、お前が何時か、幸せに死んでいけるその時まで……私はずっと、ここでお前を待っているから。


 ちょっとの間、お別れだ』



何時もの彼らしからぬ、ニッコリとした笑みを見て。


城坂織姫は――安心した。


ダディは、ずっと待ってくれると。


織姫が幸せになって、何時か死ぬその時まで、ずっと待ってくれると。



――その、ちょっとの間、お別れをしよう。



『いってらっしゃい、オリヒメ』


『うん……ごめん。



 行ってきます、パパっ』



――昔、呼んで欲しいと願ってくれた言葉で、あの人と別れよう。



何せここから、どれだけ待たせるかわからないのだから――少しくらいの家族サービスをして。



**



 今、僅かにお兄ちゃんの手が、震えた気がした。


 最初は、私の手が震えているだけなんじゃないかと思ったけど、それは違うのだと分かる。


 恐る恐る、顔を上げる。


ずっと握りしめていた手の向こう側。


何時も目を閉じて、開かれる事のないその目は、看護師さんによって何時も綺麗にして貰っているから、目ヤニなども無いまぶたが、起き上がる。



開かれる目。


キョロキョロと、視線を泳がす姿を――溢れる涙のせいで、上手く見ている事が出来ない事が残念だけれど、すぐに拭う。



「……おにいちゃん?」



 呼びかけると、僅かに顔を動かした、城坂織姫……私のお兄ちゃん。


彼は、私の存在に気付くと、声をあげようとするけれど、筋肉の劣化で上手くしゃべる事が出来なかったようで……。




でも、確かに瞳から僅かに涙を流し、笑顔を向けてくれた。




私の手は、何時の間にか――震えが止まっていた。



 了

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