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最後の想い-06

「一番機ー、もうちょいガーッ! ってやって」


『が、がーっ?』


「そーそー。んでもって空中で三回転しながら敵機蹴りつけてそのまま相手の腕部掴んで振り回しながら地面にドシャーって」


『無理です内臓飛び出ます!?』


「出ないでない! 秋風の場合そこまでG発生しないし、耳鳴りがちょいするだけだからっ」


『助けて副隊長!!』


「あー、島根はちょい黙って。えっと、空中で敵を蹴りつけるのは良いと思う。回転も三回転はしなくていいけど、蹴りつける時の威力を増すのに有効だし三半規管の訓練にもなる。そんで敵と距離が離れたら60㎜撃ち込んでってすれば無駄なく撃破可能だと思うぞ」


『はい副隊長ありがとうございますっ』


「何言ってんの明久!? 弾なんか撃ったら敵死んじゃうじゃんっ」


「頭部とか脚部とか狙って撃てば死なないだろ?」


「んー? あー? そうかも……? じゃあコックピット以外滅多切りとか、アレも良かった感じかぁ」


「それ普通のパイロットは恐怖で漏らすと思うからやめとけ……」



 高等部区画第二校舎グラウンドでは、現在部兵隊による訓練が行われています。


今や三年生となった私と同学年である島根のどかと村上明久さんはパイロット科Aクラスに属し、のどかが部兵隊の隊長となり、村上さんが副隊長になりました。



「あ、会長! やっほーっ」


「どうも。訓練に精が出るわね」



 ちゅどんと私達の眼前に60㎜機銃の模擬弾が着弾。



「会長もどうです? たまには訓練した方が体訛らないっすよ?」


「嬉しいお誘いだけど、遠慮しとくわ。今日は色々と見て回っているから」



 どごんと115㎜滑腔砲の模擬弾が背後に着弾。



「ところで会長と呼ぶのは止めてくれと言ったわよね?」


「あー、そうだっけ。何か今もアタシらの中じゃ会長は会長のイメージなんだよねぇ」


「癖って抜けないもんだよなぁー。あははー」


「それと」



 がんと弾き飛ばされたダガーナイフが私達の間を塞ぐようにグラウンドへ突き刺さりました。



「ここじゃ心臓に悪いからどこか移動しましょ?」


「このドキドキ感アタシちょっとクセになってきた……ドMのリントヴルムが何であんなにバケモノじみて強いのか、ちょっとわかったかもしんない」


「ドMってパイロットの必須性癖なのかもなー」


「お願い移動しよう何か奢りるからっ」



 二人の背を押しながら第二校舎にある校内テラス席に腰かけ、スポーツドリンクを奢ってあげると、二人はそれを飲みながら、ガラス張りの天井を見上げた。



「……そっか。今日であれから二年かぁ」


「早いもんだな」


「そうね。……まぁ、城坂修一とヴィスナーの停止は、後二日後が記念日なのだけど」



 あの争いで、私達AD総合学園の防衛部隊に、奇跡的ではありますが死者はいませんでした。


ですが、私も含めて負傷者は多く、決して完全なる勝利であったわけではありません。


それに加え、城坂修一とレベジ・アヴドーチカ・ケレンスキー……ヴィスナーというヒューマン・ユニットは、その体という機体を破壊される事無く、何体かを捕縛する事は出来ましたが、送電システムが存在したりデータ送信を行っていた福島UIGが完全に破壊された事もあって、彼らはあの争いの二日後にバッテリー切れで、命を落としました。


そして今日は、その終戦となった八月二十三日の二年後で、この日に皆さんとお会いしてお話する事を去年から心がけているのです。


わざわざ遠方からお越しいただいた久世先輩や梢さん、清水先輩には感謝しないといけません。



「卒業した皆は色々変わったけどさァ、アタシらはあんま変わってないよね」


「オレがCランクからAランクに格上げしたって事はメチャクチャ変わった事だろ!?」


「せんせーのヒーキじゃんヒーキ。明久は相変わらずアタシに勝ててないんだし、アンタがAランクなの納得いかないなー。会長はCランクなのに」


「だから会長は辞めなさいと……というかのどかに勝てるパイロットなんか、お兄ちゃんくらいしかいないでしょう?」


「アタシ姫ちゃんにだって負けてないんだからね! 雷神ならともかく秋風だったら負けなし!」


「……ま、こんなカンジでオレらは何も変わってないな」


「それこそ会長」


「く・す・の・き」


「……楠ちゃんがCランクに落ちた事の方が、よっぽど変わった事だと思うよ?」



 あの戦い……というより、あの戦いの後始末が全て終わった時から、私の中で何かが変わりました。


具体的に言うと、ADへ搭乗すると全身が震える事に気が付いたのです。



PTSD――心的外傷後ストレス障害と診断され、私はお兄ちゃんと同じく、ADを兵器として動かす事が出来なくなりました。



結果、秋風に搭乗して実機テストを行うAD学園の進学テストで最低の結果を叩き出し、私は見事にAランクパイロットからCランクパイロットに格落ちし、座学試験と通常授業で成績を確保する事によって、何とか進級が出来ているといった感じです。



でも、この症状は、私だけが背負った症状です。



私以外にも多く怪我人を出したあの戦いでも、私以外で目に見えて障害を負った生徒はいませんでした。


それだけが、今でも心を安定させている要因なのかもしれません。



もしあの戦いで、誰かの命が亡くなっていたら。


もしあの戦いで、私以外に心を病んでしまった者がいたら。



私は、それこそ心を砕き、二度と人並みの人生を歩むことは出来なくなっていたでしょう。



「今の楠ちゃんはさぁ、色々背負いこみ過ぎじゃないかなぁ?」


「背負い込む……? 今の私は、特に何も背負っていないけれど」


「そうっすかねぇ? オレも楠は色々と背負ってるように見えるけど」


「何を……?」


「城坂修一の事とかー、睦さんの事とかー、後はあのヴィスナーってパイロットの事とかー、あー後はリントヴルムの事とか、かな?」


「忘れろ、とは言わないけどさ、その辺は思い出を美化しても良いと思うぜ?」


「出来るワケないじゃない」



 思わず、私は強く言い放ってしまった。


城坂修一とは、あれから喋る事は無かった。


霜山睦さんは、既に風神のコックピットで死んでいた。


ヴィスナーと言うパイロットとは、樺太UIGの時以来何も言葉を交わしていない。


リントヴルムは――私にはよくわからない人だったけれど、それでも言葉を交わしてみたかった。



震える手をグッと握りしめて、私は天井を見上げる。


 太陽の光がガラスの向こう側であるこちらまで差し込み、眩しいけれど温かな熱を届けてくれている。



「せめて最後に話す事が出来れば、確かに私はあの人たちとの思い出を、美化する事が出来たと思う。


 この心に巣くうゴチャゴチャした感情と決別する事が出来たと思う。



 けど、そうじゃない、そうじゃなかった。



 残された私達は、残して死んでいった人たちに、想いを馳せないといけないじゃない。だって、だってそうしなきゃ――」


「あの人たちの命は報われない……って?」



 その声は、私達三人の声ではありませんでした。


振り返った先に、一人の女性がいた。それはお姉ちゃん――城坂聖奈の姿でした。



「お姉ちゃん、どうしてここに」


「呼んだの楠ちゃんじゃない。そりゃアタシだって四六の人間だし忙しいけど、伊達に二佐は名乗ってないのよ?」



 お姉ちゃんこと城坂聖奈は、AD総合学園理事長という立場から、元々席のあった防衛省情報局第四班六課、通称【四六】の課長となった。睦さんと遠藤二佐の跡を継いだ形だ。


今も世界の海を渡り、新ソ連系テロ組織の情報を収集して、アーミー隊を含めたテロ対策組織へとデータを送り続ける組織の長として活動しています。



「それより楠ちゃん、私は貴女を怒らなきゃなんないのかな?」


「何を? 何を怒るっていうのさ」


「のどかに聞いてみな。あ、多分村上君でも分かると思うよ?」



 お姉ちゃんの言いたい事は理解できず、私は渋々というか何というか、のどかへと視線を向けると、彼女も「うーん」とうねりながら言葉を捻りだそうとする。



「多分だけどさ」



 そんな彼女の手助けをするように、村上さんが声を出す。



「『命に報いなんてない』って事じゃないっすか?」


「あ、それだ!」


「……報いが、無い?」


「そりゃそーだよね。アタシだって知ってる事だよ。人の命って一つしか無いじゃん。既に死んじゃってて心も無くて、何も感じる事の出来ない人がさ、報われる筈無いじゃん」


「でも……そうして死んでしまった人たちを想っちゃいけないの? 嘆いちゃいけないの? 私には、それがわからないの」


「想う事は良いと思うし、嘆く事も時には正しいと思う。……でも、そうして心を蝕んでたら、それこそ死んだ人に報いる事なんかできやしないよ」



 私の頭を撫でるお姉ちゃんの体温は――温かかった。


まるで今刺し込んでいる太陽の様に、ポカポカとしていて、何だか落ち着く、温かさ。



「忘れないでいる事。それが亡くなった人たちに報いる、たった一つ出来る事だと思う。


 亡くなった人の為に何かしなきゃいけないって強迫観念に囚われるより、ずっとずーっと素晴らしい事よ」



 その時、私はようやく思い出した事があります。


 お姉ちゃんは、ずっと城坂修一の亡霊に、囚われ過ぎていたのだ。


 彼の遺した雷神プロジェクトを、彼が求めた幸せな世界を、娘である自分が、彼の遺したお兄ちゃんや私を導かないと、と。



 そんなお姉ちゃんだからこそ――この言葉に、説得力が生まれるのかもしれない。



「……なんか、さ」


「ん? 何さ楠ちゃん。お姉ちゃんのありがたいお言葉に惚れちゃった? 私も楠ちゃんLOVEだからね!」


「お姉ちゃんがお姉ちゃんしてると、何か調子狂う」


「何でさ!? わざわざ地球半周して帰って来た姉に酷くない!?」



 ――まぁ、でも確かに。



少し、手の震えが収まった気がするので、この姉には聞こえない位の音量で、お礼を言うとしましょう。

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