最後の想い-05
久世先輩が退店し、数分ほど経過した後、二人の男女が来店。
「お久しぶりです、楠さん」
「久しぶりだな元会長」
「お久しぶりです。梢さん、清水さん」
明宮梢さんと、清水康彦さんだ。
「おや。元会長補佐は?」
「何やら別件があるらしく、先に退店を」
「久世は、ホントにマイペースだな。オレを呼びつけといて、自分は元会長と疑似デートを十分に楽しんで帰るとは」
「マイペース具合では清水と元会長補佐はそほど変わらないと思いますが」
「何をいう。オレは何時だって他人へ歩調を合わせる事の出来る協調性のある人間だぞ?」
「ここまで堂々と嘘を言われると認めたくなってしまいますが、貴方に協調性と言う言葉は似合わないわ」
「だろうな。自分でも言ってて寒気がした」
二人は、卒業後の進路を別った。
梢さんは高田重工のOMS技師となり、現在は新設されたJAPAN・UIGに所属しているが、最近は防衛省へ出向してOMSの調整及びマイナーチェンジを行っているといいます。
清水さんはOMS技師にはならずフリーのエンジニアとして独立、事業を立ち上げたのですが、現在は梢さんの依頼で各部隊・各隊員に適した個別のOMS設計を行う事で生計を立てているらしいです。
「最近は如何ですか? 四六は今でも活動自体は継続して行っている、との事ですが」
「今はお姉ちゃんが就任して、アーミー隊もカウレスさんが隊長に就任しましたので、これまでと変わらずです」
「そうか。理事長はもう理事長じゃなくなった、という事か。なんか不思議な感じだ」
「新ソ連系テロ組織の動きは、どうですか?」
「非常に落ち着いています。やっぱり、連邦同盟への加盟国家増が功を期しているようですね」
あの戦いは、決して無駄な戦いであったわけではありません。
勿論、城坂修一が望んだ統合国家の設立は果たされませんでしたが、結果として変わった事が一つ。
城坂修一の暴走、雷神や風神と言う機体のカタログスペック、その存在理由、そして何よりも「人間をコックピットパーツにする」という非人道的な計画が暴露された事により、国連が動かざるを得なくなったのです。
現在AD開発を行っている全五十数国が、それぞれ他国同士を監視する事で平和を成すという圧力を国連がかける事に成功し、今まで加盟を拒否し続けていた新ソ連系国家が国家間AD機密協定に加盟する事となり、元々グレーゾーンとしていた高田重工も、加盟を余儀なくされました。
ロシアも中京も、そのAD配備数自体こそ減少しましたが、高田重工の持つAD兵器開発情報を得る事が出来るようになった為、これまでのようにテロによる情報収集ではなく、過去に存在したサイバー戦争の様に、その主戦場をインターネットへと移し、冷戦機構は縮小化していると言っても過言ではありません。
ですが――まだ、争いの火種自体は残り続けています。
あくまで国家間AD機密協定は、ADの開発や配備数などを規定するもので、所謂『AD兵器に搭載する火器やパイロット』等の開発情報開示は、その開示事項に含まれておりません。
現に高田重工はGIX-P4【秋風】の開発記録情報を開示しましたが、プラスデータや搭載武装のデータを公表していません。やる事がセコイ事この上ないですね。
ADの開発情報をテロによって収集する必要はなくなりましたが、そうした搭載武装の情報取得、OMS開発、様々な分野で、まだまだ国家間における境は消える事は無く、新ソ連系テロ組織という存在自体は残り続けています。
「……あの二機による戦いを見て、それでも尚、人は争いを続けようというのでしょうか」
「そうなる事が道理だ。人間は欲を排する事も出来なければ、見たくないものを見ないと、理解したくない物を理解しないとする無駄な思考ルーチンがあるからな」
「では、あの二機は一体何のために戦ったというのですか?
あれが、あの争いが、人の進化が辿り着いた先にあるモノだと理解すれば、少なくともADという存在を神格化する理由がない事など、分かり切った事ではないですか」
GIX-P001【雷神】という機体と、GIX-P006【風神】という機体の一騎打ちは、全て藤堂敦という人間がカメラに収め続けていた事によって、全世界へ配信されていました。
城坂織姫と城坂楠、城坂修一と霜山睦による過激な戦い。
そして――城坂織姫と、リントヴルム・セルゲイビッチ・リナーシタによる、子供のケンカにも似た、殴り合いを。
「あの映像を、あの戦いを見て、その真意をどう受け取るかは、人それぞれだ。
オレはあの戦いを『人の進化が行きついた先にある無意味な戦い』だと感じた。
人が決して耐えうる事の出来ない超機動にて、全身全霊の力を込めて拳を振るった最弱の試作機・雷神。
同じく誰もが経験しえない超機動にて、高火力を適切に取り扱う事が出来た最強の試作機・風神。
そして、互いに半壊し、もう通常のADよりも満足に動けなくなって、それでもと拳を振り続けた二機の争いは――この世のどんな争いよりも美しいけれど、醜く、意味のない戦いだったと、オレはそう感じた」
「私もです。だからこそ」
「だがあの戦いはこう見る事も出来る。
『ADの進化は、あそこまでたどり着く事が出来るんだ』――とな」
「……人間が、嫌いになりそうです」
「まぁ、オレも同感だ」
「そうですか? 私は、そうでもないですよ」
アイスコーヒーが切れて、私は清水先輩と梢さんの注文したドリンクが届くと店員さんにおかわりをお願いし、それが運ばれてくるまで、語ろうと思う。
「お二人の言う通り、あの戦いは無意味な戦いでした。
私とお兄ちゃん、あのクソッタレ城坂修一と霜山睦さんの争いもそうですし、お兄ちゃんとリントヴルムによる争いなんか、もっと意味のないものだったという意見は、私も同感です。
そして、あの戦いを見て、それでも欲を、ADという人間を拡大化しただけの兵器を神格化し続ける、愚かな人類が多い事……とも」
「では、何故『そうでもない』と?」
「だって――私も欲に塗れた愚かな人間だもの。そう思っちゃう人間を、キライになんてなれません」
アイスコーヒーが運ばれてくる。
喉を潤して、俯く梢さんに言葉をかけた。
「梢さん。人間を、嫌いにならないでください」
「……出来るでしょうか」
「出来ますよ。貴女は、ずっと強かに、妹さんを愛し続けた。貴女が人間を嫌いになったら、そのカテゴリに含まれる妹さんまで嫌いにならないといけないんですよ?」
「哨を嫌いになるなんてあり得ませんっ! それに哨は人じゃなくて天使ですっ」
「また始まったな……だが、そうだ」
清水先輩がバナナジュースを飲みながら、外を見据える。
遠い場所で、飛び回る秋風の姿を見据えて、彼は笑みを浮かべながら、言うのだ。
「人間は愚かだけれど、愚かだからと見捨てる事なんか出来やしない。
オレ達だって欲を抱くし、その先に得難い進化がある事も、忘れてはいけないんだ。
オレみたいな社会不適合者だって、今はこうして美女二人に囲まれながらお茶が出来ているんだ。愚かな人間の進化と言うのも悪くはない」
「清水はそういう美女がどうとかっていう感情を持ち合わせてたんですね」
「私も意外です」
「お前らオレの事を何だと思っていたんだ?」




