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戦う訳-08

 修一は、数機の秋風とすれ違いながら雷神の攻撃範囲から逃れようとするも、しかし舌打ちと共にスピーカーモードで楠が叫んだ『全員その場から動かないで!』という言葉に従い、誰も機体を動かさない結果、雷神は秋風の機体と機体の間を器用に避け、最短ルートで風神へと追いつき、その手を伸ばす。


しかし、伸ばされた手を払いのけたのは60㎜機銃の銃創。


弾かれる右手。放たれる銃弾、雷神の股間部から脚部に目掛けて放たれた銃弾を、右足を軸に左足を回し蹴りする事で避けつつ、攻撃へ転用した織姫の操縦に、修一は予想していなかったように一瞬動きを狼狽えさせ、しかし地面に仰向けで倒れていた秋風高火力パックの115㎜滑腔砲を掴んで無理矢理装備を引き剥がすと、機体と接続された武装のデータがインストールされていないとエラーデータが表示される。


だが、それは今この時だけだ。実際機体が装備を掴んだだけで、装備のシステムファイルから武装データのインストールを三秒で終わらせるので、修一はロックオンシステムを用いず地面を蹴りつけ、上空に浮いている間に、自力で照準を合わせ、放つ。


たったそれだけの事なのに、風神は弾頭発射の衝撃で吹き飛び、115㎜砲の弾頭は雷神の腹部をかすめる。


雷神の装甲は剥がれ、コックピットの一部が破損し、鋭利な破片が楠のパイロットスーツを裂き、血を流した。



『楠ッ!』


『大、丈夫――っ!』



 楠の腹部より溢れる血は、確かにそれ程多くはない。ゼロコンマ秒だけ傷口を見た織姫は彼女を信じてグッと顎を引く。


弾頭発射の影響で、その右腕部をダラリと下ろしたままの風神。雷神はそのままスラスターを吹かしながら地面を蹴りつけ、上空に浮きながら、今格納庫区画に一番近い、高等部第四校舎の屋上に足を付けた風神へ、殴りかかる。



『う――オオオオッ!!』



 雄叫びと共に、雷神が振り切った拳。



『――ッ!』



 声にならない無言の絶叫と共に、風神が振り込んだ拳。



互いにそれはヒットした。



風神の振り込んだ拳は、雷神のコックピットハッチ装甲を殴打し、織姫は機体内でシェイクされ、急遽展開されたエアバックへとすぐに頭を打った影響で脳を揺らし、ヘルメットは前面ガラスが破壊、一瞬気を失いかけた。



雷神が振り切った拳は、風神の胸部装甲を殴打。これの衝撃自体は雷神が受けた衝撃の比ではないものの――結果として機体が一時操縦者に危険な衝撃を感知したと認識してシステムを一時停止させつつ、屋上からグラウンドまで、真っ逆さまに落ちていく。


機体の操縦システムが戻ったのは、グラウンドへ落下するコンマゼロゼロ一秒前。


修一は、システムが戻ると同時に姿勢制御を行う事が、出来なかった。


グラウンドに背中から落ちた影響により、機体よりもパイロットに与えられた影響は計り知れない。


修一はシートベルトに締め付けられ、しかしヒューマン・ユニットだったからこそ、その衝撃によるダメージは無いが。



 ――隣に座る、一人の女性が、限界だった。



今まで、呼吸すら満足に出来ていなかった睦は、それでも操縦桿を握り、自分に出来る範囲で機体操縦の補助を、し続けていた。


けれど、今の衝撃で、本当に限界を迎えた彼女は――だらりと手を下し、目や口から血を吐き出しながら――それでも、僅かに出来る呼吸をして、視線を、修一へ。



「しゅう……いち……さま……」


「……睦ちゃん」


「ごめ……なさ……」


「もう、いい……喋るな……っ!」


「こど……の、ころ……から……おし……い、もうし……おり、まし……た」


「ああ……僕は、それに気付いていた。気付いていたよ」



 もう力さえ入れる事が出来ない腕を、必死に修一へ伸ばそうとする、瀕死の睦。


彼女は既に言葉も満足に喋る事は出来ないけれど……それでも、彼女が言いたい言葉は、最後まで、聞き届ける義務があると、修一は流せぬ涙を流しながら、彼女の体温を感じる為、掴んだ睦の手を取り、頬に触れさせる。



――だが、修一は熱を感じる機能こそあるけれど、自身は人並みの体温を発しない。



もう、視線も定まらない、感覚も確かではないだろう睦に、最後の最後で与える事が出来る、五感へ伝える事が出来る物は――言葉しか、無いのだろう。



「ごめんね、こんな、僕の我儘に付き合わせて……ッ! 僕は、君の恋心を、愛情を、利用した、最低の男だ……でも、それでも僕は……叶えたい願いがあったんだ……っ」


「……しゅう、いち……さま……そこ……いま、す……か……?」



 睦の両耳から、だらりと血が流れた。


鼓膜も破裂し、既に修一の言葉さえ、聞こえなくなっているのだろう。


 ならば――生きている彼女へ、ただこれだけでも。



修一は、睦の頬を掴んで――経験が少ないからこそ乱雑に、ただ触れるだけのキスをしたけれど。



唇を放した時――睦は既に、息絶えていた。

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