雷神プロジェクト-02
現地時間、2089年7月10日、1600時。
日本AD総合学園諸島。AD総合学園高等部・三年OMS科教室内。
「会長さん。書類、出来たぞ」
オレがそう報告をすると、教室内のデスクで量子コンピュータを操作しながら、何やら難しい顔をしていた楠が、顔を上げて頷いた。
「久瀬先輩、確認を」
「あい、了解した」
楠の言葉を聞き、彼女の隣にデスクを置いていた久瀬良司先輩が頷いて、オレがプリントアウトした書類を受け取ると、それをじっくりと見据えていた。
あの勝負から十日以上経過し、今やオレは生徒会の書記として働いている。
勝負の内容通り、哨や村上の退学は無くなったが、オレは生徒会に所属する様に命じられた。
もちろん負けたオレに、拒否権など無い。今は与えられたデータを基にした、各所へ提出する為の資料を作成したりする書記の仕事を行っているが、大抵は同じく書記である清水康彦先輩がやってしまうので、オレの仕事はそれ程無かった。
「――うん、大丈夫だ」
書類を確認し終えた久瀬先輩から書類を返却され、オレもそれをシュレッダーに。
紙で印刷したのは、その方が分かりやすいからで、持ち運ぶならデータで運ぶ。
「ちょっと、聞いてもいいか?」
「うん? 何だい」
「この書類――【有事の際に行われる実弾使用の経費計上】だと、有事の際は武兵隊と生徒会の面々に実弾使用許可が出てるっぽく見えるんだけど、間違ってないのか?」
「ああ、そうだね。よっぽどの事態だが、そんな状況だと武兵隊のみで対応しきれない場合がある。僕達生徒会の面々にも、迎撃任務を与えられる事があるんだよ」
他国やテロ組織が、日本や秋風のデータを欲する場合、以下の方法で情報取得を行う可能性がある。
一つ、秋風の情報が眠っている、高田重工が有するアンダーインダストリグラウンド――TAKADA・UIGの襲撃だ。だがUIGは、機密保持の観点から例え連邦加盟国であっても建設地は非公開になっている。
以前、USA・UIGに襲撃を行ったテロ組織があったが、迎撃が遅れてしまったのも、米国が情報流出を防ぐ為、自国の防衛機構に対しても情報規制をかけていた事が原因に挙げられる。
そしてもう一つが――このAD学園への襲撃、及び機体の鹵獲である。
AD総合学園の教育カリキュラムには『最新鋭機・秋風を用いた人員の育成』という物がある。訓練機であるとはいえ、AD学園に配備されている秋風は、模擬戦用装備・システムが搭載されているだけの実機に他ならない。どこにあるかも分からないUIGを襲撃するよりも、よっぽど効率的と言える。
「だけどAD学園には自衛隊駐屯基地もあるし学園島自体が横須賀基地からそれ程離れていない。スクランブルもかけられる。そんな心配は」
「元より武兵隊の人員数は二十人。我々生徒会の面々でパイロット科所属生徒は五人だ。いざと言う時の指揮系統を務める為に、一応用意された人員配備だよ。気にすることは無い」
「生徒会の五人……という事は、オレもその中に数えられているんだよな?」
パイロット科の生徒で生徒会に所属しているメンバーは、会長・秋沢楠。会長補佐・久瀬良司。書記・城坂織姫。会計・島根のどか。会計・村上明久。以上の五人だからだ。
「おそらく君のお姉さん――理事長も、いざと言う時に君が動けるよう、働きかけたと考えられる。米軍エースパイロットだった君が居れば、有事の際には頼りになるだろうとね」
「オレはもう」
「ああ、そうだね。いざと言う時に模擬弾の引き金すら引けぬ君を、戦線に出すわけにはいかない」
「二人とも、職務中です。お喋りはそのあたりで」
オレと久瀬先輩の会話を遮る、楠の言葉。彼女はこちらに視線を向ける事無く、何やらデータを打ち込んでいた。フゥと息を吐きながら、やれやれと言った様子で笑った久瀬先輩が「じゃあ、今の書類データを武兵隊に持って行ってくれ」と命じてきた。
「僕らは作業が終わり次第帰宅する。今日の戸締り当番は君だったか?」
「いや、確か梢先輩だった筈」
「そうか。では済まないが、なるべく早く帰ってきてあげてくれ。彼女は副会長という事もあり、いつも多忙だからね。少しは休ませてあげたい」
「分かった」
貸し与えられたPCより外部メモリを取り外し、教室を出て、そのまま廊下を歩いていった。
**
城坂織姫が、生徒会の活動を行っている三年OMS科の教室を出た事を確認すると、会長補佐である久瀬良司が口を開いた。
「――本当に彼を招いた理由は、戦場を知る者だから、ですか?」
「何が言いたいか分かりかねますね。久瀬先輩」
「会長。我々もいい加減、何も知らない状況に飽き飽きしているのです。理事長の推薦で会長へ就任した貴方。そして元米軍のエースパイロットである城坂織姫君の就任。元々健全な生徒会であった僕達にとって、あなた方の存在は異端にしか見えない」
「考えがあるのならば、言ってみて下さい」
「取り急ぎ対策を執らねばならぬ有事が、本当に近づいている――違いますか?」
ピクリと。楠が彼の言葉に肩を震わせながら、絶対零度に近い冷えた視線で、彼を睨み付けた。
「図星、という事ですか?」
「考えすぎです」
「今はそれでいいとしましょう。ですが、城坂織姫君の加入が失敗と言わざるを得ない事は事実でしょう? もしや、彼が引き金を引けぬ事を知った上での行動ですか?」
「彼は、足りない書記の補充です」
ダメだ、と。良司は深く溜息をついた時、楠がデスク横にかけていたカバンを手に取った。
「本日はこれにて」
「……ボクは、明宮が戻るまで留守番をしています」
「ご苦労様です。――難しい事ばかり考えていないで、少しは気持ちを休めてください」
「その言葉は、貴方にソックリそのままお返しいたします。……お疲れ様でした」
そんな会話を最後に、楠は颯爽と教室を後にするのだった。




