プロローグ 戦場にて
現地時間、2089年5月5日、0230時。
アメリカ合衆国・フロリダ州オーランド。
USA・UIG――米アンダーインダストリグラウンド連絡通路。
月明かりも見えぬ、曇りがかった深夜の事だった。
自然と造形的美術に満ちたオーランドの街に、大量のミサイル群が降り注いだ。
爆音と共にまき散らされる爆風、砂塵、そして建造物の瓦礫。その光景を見据えながら、巨人が四機降り立つ。
アーマード・ユニット――armordの頭と尾を取り、通称ADと呼ばれている。
全長は十メートル近い巨体、人間の身体を模した人型機動兵器は、手に持つアサルトライフルを、アンダーグラウンドの連絡通路に向け、引き金を引いた。
発砲。固く閉ざされたアンダーグラウンドへと続く外壁を破った銃弾。機体群が、燃え盛る炎に照らされ、良く見える。
ロシア製AD・RO-005【ディエチ】と呼ばれる機体だ。
ロシア軍が制式採用している機体で、汎用性と壊れにくい性質から【AD兵器のAK-47】と呼ばれる機体でもある。
ステルス性を考慮した丸みを帯びているフォルムと、胸部は戦闘機のレーダー部にも似た外観。
まるで戦闘機をそのまま人型にすれば、このような外見を有するのかと考える事も出来るような奇抜なデザインは、見ている者を委縮させるには十分である。
全体に灰色の装甲色が採用されており、視認し難い事でも有名だ。
そんなディエチの四機編成が、アンダーグラウンドへと続く外壁を越え、運送用エレベーターを破壊した後、エレベーター降下口から次々に下ってゆく。
途中で迎撃兵装なども出迎えたが、それらは頭部と脚部に搭載されたCIWS(近接防御火器システム)で撃ち落とし、その地へ降り立った。
USA・UIGは米軍が提携している軍需産業の研究施設が集められた、地底に作られた施設である。施設には、多くの機密情報が眠っている。
ディエチは、右手に構えたアサルトライフルの銃口を、近くに存在した建造物に向け、引き金を引く。
放たれた銃弾が着弾すると、コンクリートによって作られた建物は破壊され、散っていった。
逃げ惑う人々。その者たちを踏みつぶし、蹂躙していくディエチの姿は、誰の目から見ても恐怖を具現化したかのような――そんな威圧感に溢れていた。
ディエチを操る一人の男――リントヴルムは、ハァと溜息をつきながら、退屈そうな面持ちで、操縦桿を握っていた。
『詰まんねぇなぁ……データ破壊だけっつっても、ちったぁ迎撃位してくれよ、アメ公さんよぉ』
フットペダルを軽く踏み、緩やかな動きで歩き出すディエチの一機。後続の機体群がそれに続き歩き出し、手に持つライフルから銃弾を四方八方に放っている。
『おぉい後続ぅー。少しは手加減しろよ。後でこっからデータ奪うのに時間はかけられねぇんだからな』
一応の注意と共に、リントヴルムはフンと鼻を鳴らしながら、なおも銃弾は放たずに、歩き続ける。
いずれ迎撃が来る。その時こそ――自分は誰よりも愉しむ事が出来る。リントヴルムが笑った、その時だった。
彼らがUIGへ来訪した外壁から、ディエチの編成と同じく四機のADが駆けてきたのだ。
全体的に紺色の装甲色、そして背部のスラスターユニットには巨大なブースターポンプが二本も取り付けられている。
頭部はフレッシュグリーンに光る双眼式センサを採用しており、外観は人間に酷似。
ディエチの丸みを帯びたデザインとは対照的に角ばっており、機械的な印象が非常に強い。
日米共同開発の、米軍制式AD・FH-26X【グレムリン】だ。通常のFH-26とは違い、追加装備のブースターポンプが印象強い事から【ポンプ付き】と呼ばれる機体でもある。
四機のグレムリンは、ブースターから与えられる推進力を用いてアンダーグラウンド内を飛び回り、手に持つサブマシンガンを、ディエチの集団に向けて、一斉に発砲した。
着弾と共に爆ぜていく二機のディエチ。生き残ったリントヴルムが操縦する一機ともう一機のディエチは、銃弾を全てやり過ごした事を確認すると同時に、肩部に搭載された四連装ミサイルランチャーを展開し、放つ。
誘導がかけられ、放たれた四発のミサイルが、空を飛び回るグレムリンの一機を焼き落とし、撃墜させた。
しかし、残る機体はそれで止まる事はない。
二機のグレムリンは、そのままサブマシンガンの砲身を二機のディエチに向けるが、残った一機のグレムリンは、左手首のスリットに搭載されたAD用ダガーナイフを右手で抜き放ち、切先をリントヴルムが駆るディエチの顔面目がけて突き付ける。
寸での所で、避ける事に成功したリントヴルム機は、ダガーナイフを構えたグレムリンの右腕を握り締め、動きを止めさせた。
『ははっ! オメェ、オリヒメだろ!? また会ったなっ!』
「俺は、お前なんかに会いたくは無かった」
『寂しい事言うんじゃあねえよ! 俺たちゃ一生のライバルだろぉ!?』
接触回線を用いて成される短い会話。
リントヴルムが【オリヒメ】と呼んだ少年――グレムリンを操るパイロット・城坂織姫は、その女性と見紛う程の端麗な顔立ちをキッと引き締めて、グレムリンの右膝でディエチの腹部を思い切り蹴り付けた。
『がっ――けど気ぃ持ち良ぃい!!』
蹴られた衝撃により、距離が離れたディエチとグレムリン。グレムリンは、右手にダガーナイフを構えたまま、左手でサブマシンガンを乱射した。
無数に放たれる銃弾を、全て動き回る事で避け切る事に成功したディエチは、地を蹴り付けて飛び上がると同時に、サイドアーマーに取り付けられたダガーナイフの二振りをその手に握ると、織姫が駆るグレムリンへと襲い掛かる。
地面を転がり、その動きを避けたグレムリンだったが、姿勢を崩した事により左手に持っていたサブマシンガンを落としてしまう。もう一本のダガーナイフを左手で持ったグレムリンは、勝負をディエチとの斬り合いに発展させた。
ギンッ、ギンッ――と、切先と切先の合わさる音が二人の耳を犯すようだった。
織姫はその間にもスピーカーに入ってくるリントヴルムの声に、苛立ちを隠せない。
『お前との戦いがやっぱ一番楽しいぜぇ! オラぁずっとパイロットやってるけどよぉ、お前とヤッてる時が一番殺し合いしてるって感じがするッ!』
「いいから黙ってろこの屑がっ!」
『屑かぁ! サイッコォの褒め言葉だ!!』
ディエチが振り切ったダガーナイフの一振りが、織姫の駆るグレムリンが持つダガーナイフの一つを弾き飛ばした。
織姫はチッと舌打ちをした瞬間、フットペダルを踏み込んで、推力を強引に用いた体当たりを、ディエチへと仕掛ける。
ディエチとグレムリンの胸部装甲が触れ合い、ガリガリガリと音を鳴らす。
地面へと背中を預けたディエチの顔面に向けて、その右腕の拳を振り込んだグレムリン。
ディエチの顔面は砕けて散ったが、代わりにディエチが持つ両腕のダガーナイフが、グレムリンの両腕を斬り裂いた。
「リント、ヴルム――ッ!」
『愛してるぜぇ、オリヒメ――ェ!!』
互いに、互いの名を叫び合い、グレムリンは胸部に搭載されたCIWSを放っていく。
寸前に左足の膝を、グレムリンの腹部へと叩き込んでいたディエチだったが、その後装甲に銃弾が叩き込まれた。
『ちぃ――!』
操縦系統の麻痺か、動かなくなったディエチ。その姿を見据えて、織姫は声高らかに、叫ぶ。
「これで、最後だ!」
頭部のバルカンポッドと、胸部CIWSの銃口を、沈黙するディエチに向け、引き金を引く――その時だ。
もつれ合って戦闘を繰り広げていた、二機のADが、眼前へと現れた。
名も知らぬパイロットが操縦するディエチと、織姫の部下――マーク・Jrが駆るグレムリンへと着弾した、彼が放った銃弾。
二機はそこで動きを止めて、そして沈黙する。ディエチもグレムリンも、コックピットに被弾している。
「ま、マークッ!」
『た、隊長……隊長ぉ……!』
彼が戦っていたディエチの身体を蹴り飛ばし、マークのグレムリンを横たわらせた。
織姫は自身が駆るグレムリンのコックピットから飛び出し、マークが搭乗しているグレムリンのコックピットを外部から強制解放させつつ、中を見据える。
コックピット内部は、血に塗れていた。
マークは純血の黒人である。である筈なのに――彼は今、その身を赤く染めていたのだ。
「マーク、待ってろ、今!」
「痛ぇ、痛ぇよ、……隊長……!」
「ごめん、ごめんなマーク……俺の、俺のせいで……!」
「隊長……オレ、こんな、ことで……死にたくない……死にたく、ねぇよぉ……っ」
「マーク……マークっ!」
彼をコックピットから出して、止血を開始する。
だが下腹部にある巨大な痕からの大量出血は、止まる事を知らない。むしろ今、彼が痛覚を持ち得ている事自体が奇跡であった。
彼は、助からない。それは、織姫にも分かっていた。
しかし、認めたくない。自身が撃った弾によって彼が死ぬなど、認めたくないのだ。
ボロボロと涙を流しながら、彼との思い出を噛み締める織姫。
彼は、未だに残る黒人差別の為に戦う事を決意して、米軍に身を置いていた。
自分が戦う事で、少しでも同胞の立場が良くなるならば。
何時の日か偉くなって、そして――差別のない世界を作ろうと努力する青年だった。
織姫の事も、日本人だからと差別せず、今も隊長と呼んでくれている。
何時も頭を撫でてくれる手は、とても大きかった筈なのに……
今はその手が、とても小さく感じられた。
今、最後のディエチが撃墜された。残った織姫の部下が駆るグレムリンも、その直前に撃たれたのか分からないが、火花を舞わせて散っていく。
今、辛うじて生きているのは、織姫とマーク、そして。
「あー、痛た気持ちいぃ。頭打っちまったぜ」
織姫と戦っていた、沈黙するディエチのコックピットから顔を出した、リントヴルム。
彼の顔を、織姫は初めて見たし、リントヴルムも、織姫の顔を初めて目の当たりにした。
互いに互いを強敵として理解し、これまで何度も戦い抜いてきたライバルではあったが、ADを交えずに顔を合わせた事は、これが初めてだった。
「へぇ、オメェがオリヒメか。可愛い面してんじゃねえか」
「リント……ヴルム……!」
「あーあ。お前のせいでお前の部下、死んじまうなぁ。かっわいそぉ。残念だなぁ、辛いわなぁ」
「殺す……お前だけは……殺す……!」
パイロットスーツに備えられた9㎜拳銃を手に持った織姫は、震える手で拳銃を握りしめ、安全装置を外した上で、引き金を引いた。
轟音と共に放たれる銃弾。だが震える手で撃った弾が命中するわけもなく、沈黙するディエチの装甲に当たり、跳弾。どこかへと消えていった。
「また、勝負はお預けってとこかぁ? 残念だ。今日こそ決着付けられると思ったのによ」
「殺す……殺す、殺す、殺す……!」
「殺すっつってもよぉー。お前そんなんで当たるわきゃねぇだろぉ? ちったぁ落ち着いて撃てよ。ほら、ココだよココー」
リントヴルムは余裕しゃくしゃくと言った表情で自身の胸に手を当て「ここを狙え」と指示をしたが、何度撃っても銃弾は彼を貫かない。
織姫もやがて、手に持つ拳銃を落とし、ガクリと項垂れた。
「……ADから降りちゃ、つまんねぇガキって事か」
ハンッ、と笑ったリントヴルムが、身を翻して歩き始める。
奴が逃げる。織姫はリントヴルムの背中を追おうと、立ち上がろうとしたが、ガッチリと彼のパイロットスーツを掴むマークの手が邪魔をして、彼はその場に倒れ込んだ。
マークは、いつの間にか死んでいた。
――彼の、最後の瞬間を、織姫は見届ける事が出来なかったのだ。
「ああ……うあ、っ、ああああああああ――っ!!」
マークの身体から溢れ出る血に塗れながら。
織姫はただ、その場で泣き散らしていた。