戦いの前に-03
ゴメンナサイ、と。
頭を下げた久世先輩に、ズーウェイという少女は、涙を流しながら体を起こす。
医療スタッフが宥めようとするも、しかし彼女は上半身だけを起こして、その右手を軽く振って、久世先輩の頬を、叩いた。
「捕虜なのにこんな事をして、ごめんなさい」
「構いません」
「私は、貴方を一生許さない。……けれど、そうして頭を下げてくれた、貴方の事を、許さないけれど、認める事は出来る」
「……それは僕にとって、とても嬉しい事だ」
「クゼ・リョージ。貴方は確かに人の命を奪ったけれど、それは戦場にいたからこそ奪う事になったのだと、それだけは覚えておいて。
……貴方は、貴方に出来る事を、しただけなんだと」
「それでも『何故』と言い続けては駄目でしょうか」
「いいえ、駄目じゃない。――貴方達は、そうして人の命を奪う事に、何故と言い続けて。
そうでなければ、貴方達は私達のように、ただ戦う兵器となってしまうもの」
肝に銘じます、と。
そう言って、先輩はその場から退室した。
ダディも決してそれを咎めはしなかったから――こうなる事を予見して、彼も予め呼んでいたのだろうと分かった。
「話を続けよう」
「とは言っても、恐らく私が知り得ている事は、あなた方も既に知り得ている事と思います。私は、彼にそほど重要視された存在ではありませんでした」
「君とお姉さんは、あくまで風神のテストデータを集める為のテストパイロットに過ぎなかった、と?」
「恐らくは」
彼女達は元々、中京共栄国の共栄党が生み出した超兵士計画によって生まれ、通常よりも堅牢な肉体と構造を持ち得ているという。
だからこそ風神のテストに適していると判断した城坂修一が、彼女と彼女の姉を実験体にした、という事か。
「……あんま気持ちのいい話題じゃねぇな」
「そうだな。話題を変えるが、君達が脱走を試みたUIGは、福島県に存在して、ここが今後の拠点となると思うか?」
「申し訳ありませんが、私はあの場所にそほど長く滞在していませんので、UIGの設備状況などから鑑みる事は難しいです」
「ガントレット大佐、その点に関してですが――これを」
梢さんが、一つの携帯端末を取り出して、表示させた内容をダディに見せた。
それは、福島県に秘密建造されたUIGの内部データであり、どこでコレをと問うダディに、梢さんは「これはリントヴルムさんの端末です」と先に注釈した上で、説明を開始。
「今回の脱走は、私がセキュリティロックを解除する事で成し得ました。その際に収集できるデータをかき集めてダウンロードしておいた、という事です」
「でかした」
すぐに端末を部下に渡したダディ。ダウンロードしたデータがどの様な物かは解析しなければならないが、今後に活かせる内容になる事は間違いない。
「では最後に、これは君の主観で構わないが――次に、もしシューイチが作戦を立案するとなれば、どこが戦場となり得ると思う?」
「……おそらく、AD総合学園かと」
しばしの沈黙を経て、そう答えた彼女。
「それは何故」
「現在は量産型アルトアリスの大量建造が進められている状況です。私達を追跡してきた数だけでも三十機以上いましたし、それは実際に成せているのでしょう。
問題は、手札の揃った状況でどこへ攻撃を仕掛けるかですが、世間の注目を集めやすく、また諸々の関係上で防衛が困難となり得るAD学園への襲撃が、最も彼の計画に適しているかと」
「ありがとう。君の口からその言葉を聞けただけでも、十分な価値がある」
ズーウェイの手を取り、ギュッと強く握ったダディに、彼女は「どうして」と問うた。
「どうしてとは、何がだ」
「私は捕虜です。そして必要な情報を話して、貴方の心証を良くしただけ。なのに、貴方が礼を言う必要は無い筈です」
「捕虜? 違うぞ、君たちはあくまで敵基地からADを奪って逃げて来ただけで、私は別に君の事を捕虜と考えてはいない。一応身元不明だから拘束はしたがな」
「え」
「そもそも先ほどの回収は正式な任務ではない。アキカゼにハイジェットパックを装備した事もそうだし、米軍の特殊コマンド部隊と日本の秘密裏に動くテロ対策部署がフクシマの原発付近で作戦行動を起こせるはずも無かろう。
――だから、君の事はあくまで『帰投中に回収した脱走兵』と同程度の扱いだ。治療が終われば、君の扱いは四六に任せる」
ダディはそれだけを言って「では」とだけ残し、そのまま禁錮室から退室。オレと哨、梢さんの三人は、呆然とするズーウェイに視線を向ける。
「え……え、っと」
「お前は、すぐに自由の身になれる」
ダディの言いたい事を代弁すると、彼女はしばし放心したように――だが、やがてその瞳からボロボロと涙を流して、抱き着いた哨と、語り合う。
「私、本当に自由に、なれるの……?」
「うん、うんっ、なれるんだよズーウェイっ、これで、これでズーウェイは、戦うだけの女の子じゃないんだよっ」
「自由なんて、考えたこともなかった……っ、お姉ちゃんもいないのに、私は、そんな、幸せでいいの……?」
「オースィニさんも言ってたじゃない!
『広く、世界を見渡しなさい。それが、これから始まる、本当の人生だ』って!
だから、ズーウェイはコレから、お姉さんの分まで、一生懸命生きなきゃダメなんだから、もう二度と――自分の命を粗末にしないでね?」
「……うん、うんっ、私は……私は、精一杯生きる……っ! 生きられるだけ生きて、お姉ちゃんの分まで、幸せになる……っ」
そんな二人のやり取りを見て、オレは何だか笑いがこみ上げて来たけれど、邪魔をしちゃ悪いなと思って退室する。梢さんも付いてきた。
「梢さんは見ててやらないのか?」
「あの子のあんな幸せそうな顔、邪魔できるわけないでしょう?」
「そりゃそうだ」
通路を歩くダディに追いつき、横を歩む。
「随分と甘くないですか、ガントレット大佐」
「年寄りになったからな。どうも年を取ると若い娘に甘くなっていかん」
「でもオレも――そういう甘さはキライじゃない」
「お前も落ち着いたら、ああいう若者らしい青春を送る事だ。それが本来、子供の歩む人生だ」
「そうだな。青春をしてみたい」
「出来るさ。お前は本来、優しい子だ」
「……本当に、甘くなったな、アンタは」
「お前は私に父親をさせてくれるんだ。ならば、少しはそれらしい所を見せないとな」
オレとダディは、前を向く。
彼女――ズーウェイから得た情報は、オレ達が今後取るべき作戦を後押ししてくれた。
最後の作戦は、近い。




