生徒会-06
久瀬先輩の言葉に、島根機が行動を開始。同時に神崎は機体をすぐに制御した上で115㎜砲の砲身を、空中から駆ける島根機へと向け、引き金を引く。
発砲。放たれた銃弾の機動を予め読んでいたのか、腕部と脚部を振る事によっての姿勢制御運動のみで避け切る事に成功した島根機が、踵落としを神崎機の肩に叩き込んだ。
『ぎ――っ』
『アタシ、かわいい子が大好きだから――味見させて、神崎ちゃん♪』
『拒否、しますっ!』
115㎜砲を一度背部にマウントした神崎は、両腕で踵落としを施した島根機の脚部を握り、機体を振り回した。あまりの重量に、神崎機の機体関節部から水蒸気が一気に吹かされたが、すぐに機体の筋肉繊維を油圧制御から電圧制御に切り替え、一度マウントした115㎜砲を再度展開。
『そちらは任せました!』
「任せろっ」
その動きを見て、神崎に問題はないと悟ったオレは、一先ずフルフレームとの戦闘を開始する。
先輩のフルフレームが、背部に背負う滑腔砲の引き金に再び触れたと同時に、俺の秋風がトリプルD稼働で砂埃を撒き散らしながら、その場を舞う。
フルフレームが発砲。空気が震える感覚と共に滑腔砲の模擬砲弾がこちら目がけて飛んでくるが、予め砲身から射線を割り出していた俺の機体は既に射線上に無く、フルフレームの右側部に回り込んでいた。
脚部スラスターを二回、急速に吹かす事での回し蹴り。これをキャタピラ稼働で後方に逃げて避け切ったフルフレームが、腰部に搭載された二本の短剣ユニットを両手に掴む。武装を搭載していない今の機体で獲物に対抗するには、強襲の他無い。
すぐさまフットペダルを踏み込み、距離を取る為に空を飛ぶ。回りにある建築物二個分程の高度に達した所で先輩のフルフレームを見ると、彼は一回トリプルD稼働をした後、緩やかな浮遊をしながら、こちらに向かってくる。だがその速度は、通常の秋風よりも遅い。
「速度はそんなに出ないみたいですね」
『まぁ、これだけの重量だ。浮遊できるだけマシと思うね』
「でもそれ、実用的にどう――」
そんな世間話をしている最中だった。――彼は、背部の滑腔砲を構えたのだ。
「滞空中に!?」
先輩が行った行動の大胆さに、驚愕を隠せない。何せ、高火力フレームの利点である火力と、高機動フレームの利点である滑空。この二つを合わせ、待つ答えは1+1=2――では無い。
滞空中、バランス制御が出来ぬ状態であれほどの、115mmある砲弾を放ってみろ。
――腕部関節がイカれる。いわば、1+1=0になる可能性だって含んでいるのだ。
「ふざけてる……!」
すぐさま射線上から退こうとするが、既にそれは発砲。
回避運動自体に入っていたので、左腕部をかすめるだけで事済むが、模擬戦用のセンサーが反応し、左腕部が落ちた事を知らせるブザーが鳴り響く。
……実戦・実弾なら、左腕は消し飛んでるという事だ。
物理的に左腕部はあるが、これからは落された事を前提に機体がシステムに犯される。つまり、左腕部が無くなったように機体自体が誤認するので、操縦に乱れが発生した。
乱れを何とか慌てて調整し、立ち直ったその時。
目の前には、両手に一本ずつ、短剣型ユニットを掴んだフルフレームが。
腕部には……傷一つ、乱れ一つ存在しない。
「マジかよ――!」
『ああ。関節強化は万全らしい』
短剣ユニットを振り込んでくるフルフレームの二振りを、脚部と背部のスラスターを強引に運用して避け切る事に成功。オレは一度市街地に着地した上で、機体を後方へと下げる。だが先輩はオレと同じく、機体を一度着地をさせた上で脚部キャタピラを稼働。高速移動を見せつけた。
すぐに後方へと下がったオレの秋風へと追いついてきたフルフレームが、再び一振り、短剣ユニットを縦に振り込んでくる。
身を低くして斬撃を避け、右腕部でフルフレームの顔面を殴りつけた。だが、踏み込みが甘い拳は、多少フルフレームの動きを脅かしたのみ。
短剣ユニットの柄を、オレが駆る秋風の胸部コックピットに思い切り叩きつけた上、肥大化した脚部が横薙ぎされる。
吹き飛ぶ機体。それによって建築物のシャッターを拉げさせ、建物の中へと入り込んだ。
どうやら武器庫のようだ。AD兵器用の装備が点在する様子を見据えたオレの眼前に、再び現れるフルフレーム。久瀬先輩はそこで動きを止めて、機体の両腕を広げた。
『元米軍のエースパイロットも、その程度かい?』
「アンタ、オレの過去を」
『知っているよ。君のお姉さんから聞いた。――アーミー隊。米軍が有するテロ組織の鎮圧を目的として設立された、陸海空軍の垣根を超えた特殊部隊の隊長を務めていた事。そこからこのAD学園へと、逃げてきた事も』
「……お喋りだな、姉ちゃんも」
『だが解せなくてね。そんな君がなぜ、模擬弾の一つも撃とうとしないのか』
「武装に処理能力奪われたくないんだよ」
『それは嘘だな。君ならば秋風の処理能力が如何に優秀か、知り得ているだろうに』
久瀬先輩は、フルフレームの手を武器庫に点在する武器へと向け『使いなさい』と、オレに命令した。
『この武器庫は、演習中の補給を目的として設置されたものだ。火器管制にも登録されているし、全て模擬弾が装填されているから、すぐに使える』
「嫌だね。アンタ位、ぶん殴って倒してやるさ」
『それが出来ると、本気で思っているのかい?』
グ、と。言葉を詰まらせた。先輩のフルフレームは、機動性も火力も、通常の秋風と遜色無い。むしろ高田重工の整備により、常に万全な状態を維持している状態だろう。武装を何も持たない今のオレに、勝つ方法など無い。
――このままでは、負ける。
そう実感したオレは、深く深呼吸をした上で、一つのアサルトライフルを手に取った。米軍で主に【ポンプ付き】用とされていた、55㎜突撃機銃だ。これの使い方ならば、慣れている。
『そう。それでいい』
オレが行った行動に満足したように、再び短剣型ユニットを両腕で構えたフルフレーム。
オレは、彼の機体に向けて、アサルトライフルの銃口を向け、引き金に指をかけた。
――だが、撃てない。
早くなる鼓動。荒くなる息。
吐息がマイク越しに久瀬先輩へ届いたのか、彼は『織姫君?』と問いかけてくる。
震える腕の動きが、反映度が一度に設定されている秋風の機体すら震わせた。
震えは大きい。がたがたと震える手の動きに連動し、機体も小刻みに動くのだ。
『君は、もしかして』
「ああ……そうだよっ、撃てないんだ……っ」
撃とうとすれば、体が震える。寒気が訪れる。息が荒くなり、鼓動も急激に早くなる。
そして頭の中に過るのだ。
――オレが殺した、マーク・Jrの、亡骸が。
オレはアサルトライフルを手に持ったまま、フットペダルを強く踏み込み、背部スラスターを稼働させて、フルフレームへと突撃。
『残念だよ』
ライフルのグリップを、フルフレームの頭部へと叩きつけようとした所で、短剣ユニットの一振りが、コックピットへ思い切り、叩きつけられた。
衝撃により、システムが撃墜を認識。
オレの機体内に、撃墜を知らせるブザーが鳴り響いた。




