オースィニ-09
『……時間稼ぎってわけ?』
『事実を話したよ。――あ』
オースィニが、機体を動かす。
慌てて追いかけようとする聖奈と明久だったが、しかしそんな考えは消えて無くなり、むしろ背中の筋が凍える様な、ゾッとした雰囲気を感じ取る。
『マズい、セイナさん、アキヒサくん!』
『分かってる!』
輸送機が飛び立った後、フルフレームの機体を持ち上げながらゲートをよじ登って来た、島根のどかの操縦する秋風が。
右腕部は潰され、左腕部だけでフルフレームを支えて、登って来たというのだから、彼女の操縦技術がよくわかる。
『センセーッ! 久世が、久世がっ』
『分かってるから、機体を揺らさないで!』
フルフレームは、機体の腹部を損傷している。コックピット周辺も拉げており、パイロットの生死も不明だ。
『ノドカ君、離れて!』
『っ、は!? なんで、なんで敵が!?』
『いいから! このままじゃあクゼ・リョウジが死ぬ!』
アルトアリスが駆け寄り、良司の事を心配するようにしている事に驚きつつ、オースィニの言葉に押し黙ったのどか。
オースィニは機体から飛び出すと、フルフレームの僅かに歪んだコックピットハッチの緊急開放レバーを操作する。
ブシュッと水蒸気が舞いながら、開かれるハッチ。
オースィニが良司を抱き寄せながら、ゆっくりと冷静に機体から下ろす。
予め用意していたシーツに彼を寝かせ、問診を開始。
「腹部に軽い裂傷、コレは消毒とガーゼで問題ないね。後はヘルメットを貫通して破片が頭部を殴打したか……」
若干腫れている頭部。しかし呼吸はしっかりとしているから、脳震盪を起こしているだけと診断した彼女は、聖奈機へ向けて手を振るが、既に彼女は行動済みだ。
コックピットハッチから飛び降りた聖奈。
オースィニの綺麗な顔を少しだけ見て「本当にありがとう」とだけお礼を言って、抱き寄せた良司の身体を、明久の搭乗するハイジェットパックに受け渡す。
「急いで艦へ戻って治療を! あまり揺らさない様に!」
『わ、分かりました!』
機体の手に良司の身体を乗せ、ゆっくりと持ち上げる。
コックピットハッチを開けながら掌に乗せられた良司を抱え、コックピット内に再び収まった明久は、ハッチを閉鎖した上で、揺らさない様に帰投を開始する。
滑空の安定度で言えば、この中で一番最適な機体は明久機だろうとした判断は間違っておらず、真っすぐに早く、しかし機体を揺らさないようにしている明久機を見届けた後、聖奈がオースィニへ再び向く。
「……対面では初めまして」
「ああ、麗しいお姉さん。こんな場所じゃなければ、デートのお誘いでもしたのだけれど」
「私は、アンタを許さない。……けど、アンタのおかげで良君は助かるかもしれない。だから、しっかりと、礼をしないと」
「さっき頂いたよ。『本当にありがとう』と」
「ねぇ、教えて。アンタは、お父さんの味方なの? それとも、お父さんが目指す世界の味方なの?」
「……後者かな。シューイチの考え方や行動は、正直私も好みではない事も多い。特に、子供を巻き込んだり、とかね」
オースィニは、パイロットスーツの袖から、一つ小さなポケットピストルを取り出した。
しかし、銃口ではなくグリップを聖奈へと向けて、受け取れと示した彼女に、聖奈も困惑を隠せない。
「私は、カンザキ・サエコ君を傷つけてしまったのだろう?」
「……ええ」
「私は、彼女を傷つけるつもりは無かった。彼女の持つ、子供には過ぎたオモチャを、壊せればそれでいいと思っていた。
……けれど、実際に私が彼女を傷つけたというのならば、その恨みを消す事は出来まい。
私とて、無垢な少女を傷物にして、のうのうと生きたいとは思えない」
この銃で私を撃ちなさい、と言った彼女の言葉を。
聖奈は、一筋の涙を流しつつ、銃を受け取り。
だが、我慢できなくなって、それを空高く放り投げた。
崖に向かって落ちた銃は、もう見えない。
探す事も出来なければ、する必要も無いだろう。
「……撃たなくて、良いのかい?」
「……子供の前で、そんなカッコ悪い事、出来るか……ッ!」
今、秋風のハッチから身体を飛び出したのどかの姿が、オースィニにも見えた。
その頬には涙の痕があった。
何があったかは分からないが、それでも察する事が出来る。
「私は、教育者だ」
「ああ」
「子供を正しい方向に導くのが仕事だ」
「その通りだ」
「なのに、私が恨みで人を殺すなんて、子供に顔向けできない事、出来るかってんだ……ッ!!」
「……胸が苦しいなぁ」
殺されるよりも辛い、罵倒がそこにあった。
「私は、お前たちを許さない。
子供を傷つけるアンタらを、そんな意味わかんない理屈こねて戦争をおっぱじめようとするお父さんも、アンタらも、本当に気に食わないッ!
……けど、私も、子供を戦場に連れ出したんだ。……そんな事、言える資格、無い」
振り返り、泣き顔はこれ以上見せないと言わんばかりに顔を逸らす聖奈。
自身の秋風へと戻ろうとする彼女が、歩きながら声をあげる。




