ズーメイ-10
『島根さん、確かに私は、あなた方を戦いに巻き込みました。
でも、こうして風神に乗る事で、平和へと至る道に近づけるんです! だから、お願いです、今は』
『意味、わかんないって……言ってんじゃん……っ!』
そんな姿を追おうとするのどか機。
その姿が、何だかリェータには、寂し気に見えた。
『……貴女は、戦場にいる意味を、求めているの?』
『え』
リェータの言葉に、思わず機体の動きを止めてしまう。
『だって、そうでしょう。戦場に立つと、敵を倒すと……そう決めたのは、貴女の筈……』
『な、なに、アンタ……知った風な、事……っ』
『知らない……知らないもの……私には、私達には……そんな……選択肢も、無かったんだもの』
たどたどしい日本語。しかし、のどかにも理解できる日本語だからこそ、のどかの心は揺れた。
『決めたのは貴女なのに……道を委ねたムツミを、貴女は許せないの? そうなら、殺せばいい。けど、それは……酷く身勝手ね』
『アタシは――ッ!』
今、拳を振り込もうとしたのどか機。
けれど、その間に割り込んだのは、リントヴルム機だった。
『なぁに戦場で迷ってんだよ。ただ死ぬだけだゼ?』
振り込まれたのどか機の拳を受け止め、掌に搭載されたパイルバンカーを起動させた。
潰される拳。乱れる呼吸と思考。
のどかは、止まらない恐怖に圧し潰されそうになりながらも、左拳も突き付けた。
けれど、リントヴルムにとって、それは稚拙な攻撃でしかない。
コックピットに向けて強く蹴り込んで、のどか機を吹っ飛ばし、そしてダガーナイフを構え、突進する。
死ぬ。間違いなく死ぬ。
そう思った時――のどかは目をつむる。
何時までも、死ねない。
目を開き、眼前を見据えると――純白の機体が、のどか機の眼前で、ダガーナイフを構えたリントヴルム機とぶつかり、それを押し返した光景が、飛び込んできた。
リントヴルム機が、距離を取る。
そして、その純白の機体――雷神は、のどか機の肩を掴むと、強く揺さぶった。
『このバカ野郎ッ!!』
『姫、ちゃん……?』
『戦場で悩むなって言ったろ!? 悩む奴から死んでいくって言ったろ!? 悩まなきゃ、お前はリントヴルムにだって負けないパイロットなのにッ!!』
『だって……悩むよ、そんなの……っ!』
ボロボロと流れ出す涙を、抑える事が出来なかった。
『だって、これは授業じゃないんだよ……? 人が、ホントに死んじゃうんだよ……? それを、理解したのに……なのに、迷えないなんて、嫌だよぉ……っ』
彼女は、理解できていなかった。
本当に戦えば、人が死ぬという事を。
本当に戦えば、人を殺すという事を。
誰かを守る、何かを守るという、大義名分を得たとしても――
たった十六歳の少女が、どうしてそれだけを理由にして、人を殺せようか。
『――なら下がってろ。もうお前は、兵士じゃない』
それだけを言った織姫の言葉が――のどかには、どこか優しく感じられた。
歩き出して、眼前に迫るリントヴルム機と交戦を開始する雷神。
その姿を見て、のどかはただ、涙を拭う事なく、項垂れた。
**
ズィマーは、今自身を拘束するベルトが外された感覚で目を覚まし、周りを見渡した。
慌ただしく動き回る医療スタッフたち。
自分は、身長百八十センチ弱の男性に抱きかかえられ、移送用のベッドに寝かされようとしていると、気付く。
――ああ、多分外では、戦争しているんだ。
男の胸を押しのけ、地面に落ちる。
お尻から落ちた体を起こし、胸に感じる痛みに耐えながら、走り出す。
追いかけてくる男性。しかし腕を掴まれる度に振りほどき、三度ほど繰り返した所で面倒に感じ、頬を殴った。
それだけで、男は気絶した。
そしてズィマー自身も、胸に走る痛みが辛くて、膝を落とす。
――でも、ズーウェイは戦ってる。
グッと堪えて、ただ走る。
道は分からない。けれど兵士とは逆方向が戦場である筈だと、そう信じて走っていくと、そこには、まだ収容されていない、アルトアリス試作四号機があった。
止めに入る兵士たちの言葉など聞こえない。
腕を振り回し、静止を振り払い、ただ機体をよじ登って、開いていたコックピットハッチまで、辿り着く。
――ズーウェイが戦っているのなら。
――お姉ちゃんが、守ってあげなきゃ。
ハッチ閉鎖、モード調整開始、パワーパッケージリンク。
そんな調整文が目の前で流れる事すら新鮮に感じられたけれど、それを喜んでいられない。
機体を歩ませる。動かす。
そして――センサーが反応する、戦場へと、駆ける。
血を吐く。
意識が飛びそうになる。
その都度、ズィマーは自分の唇を噛み、意識を保つ。
衝撃吸収に特化したパイロットスーツなど着ている暇も無かったから、機体を走らせるだけで内臓を揺らされる感覚。
けれど、それでいい。
自分の内臓などくれてやる。
自分の命などくれてやる。
――もとから、そんな上等な命ではないのだから。




