ズィマー-09
リェータは、新たな基地となった樺太のUIGに割り振られた修一の部屋に向かって、ドアをノックした。
『どうぞ』
ドア一枚隔てた先にいる修一の返答があり「失礼します」とだけ言って入室。
彼は前の屋敷と同じ椅子に腰かけながら、リェータの事を見ると「待っていた」と彼女を迎えた。
「呼ばれてはいませんが」
「呼ぶ予定があっただけだ。……君の方から来たんだ。君の要件を聞こう」
「お姉ちゃんの代わりに、私が風神に乗ります」
僅かに、修一が笑みを浮かべた気がした。しかし気付いた時には表情を戻していたので、見間違いであったかもしれないと、笑った事には何も言わず、彼の返答を待つ。
「君は超兵士計画の被験体でも薬物投与量が少ないじゃないか。ズィマーの様な立ち回りをすれば、彼女程度では済まないぞ」
「私はお姉ちゃんのような行動はとりません。雷神とは違い、風神には火器管制があるのならば、戦術の幅は広がります」
「風神の機動性が失われるな」
「そもそもAD同士の戦闘で接近する必要はありません。確かに敵がこちらを正確に撃ち抜く事の出来ない機動性は有用ですが、お姉ちゃんの様に動き回る必要は無いと思います」
「ふむん、つまり機動性を常に発揮するズィマーや織姫のような格闘戦ではなく、機動性を生かした戦術幅の向上こそが、風神にとって有用と言うんだね?」
「その通りです」
ご一考を、と言ったリェータに、修一は今度こそ笑みを浮かべて、パチパチと手を叩いた。
「いや、申し訳ない。実は僕が君を呼ぼうとした理由はそれだったんだ」
「お姉ちゃんの代わりに私を風神に乗せる、という事ですね」
「だが先ほど君へ言った言葉に偽りはない。ズィマーのような稼働をさせれば、君の内臓はボロボロになる事だろう。それは忘れないでくれ」
「もう一つ」
「何かな」
「……ミハリとコズエの二人を、日本へ帰してあげて欲しいんです」
「それは、無理だ。彼女達の力無くしては、風神の力を引き出す事は出来ない」
「風神という機体がなぜ必要なのです? そもそも、アルトアリスだけで戦力は十分の筈です」
「十分ではないから、僕がX-UIGにデータを流し、風神の開発を行わせ、奪取したんだ」
「貴方が何を企んでいるのか、私にはわかりません。分からずとも、貴方に従う他ない事は、知っています。私もお姉ちゃんも、今は貴方の持つ投与剤無しに、生きる事は出来ないから」
でも、とリェータは漏らす。
「ミハリは、優しい女の子です。そしてコズエは、哨の姉です。彼女達には、貴方に従う理由が無いのに、貴方の言いなりになる理由は、無いはずです」
「随分と仲良くなったようだね。僕としても好ましいが――いや、なんでも」
ため息と共に、修一は「話は終わった」と一蹴し、リェータに背を向けた。
そんな彼に、リェータは「失礼します」とだけ言い残し、部屋から去っていく。
「……このままではまずいな」
ズィマーとリェータが風神に搭乗する事は、元々修一の計画に含まれている。
しかし、風神を整備する哨とリェータが親しい関係になる事は、彼の計画に無かった。
修正する程でも無いと、リェータの心を支える理由になれば良いと放置していたが、しかし計画に狂いが生じる可能性すら出て来た。
「何事も、全ては上手くいかないという事か」
何時もそうだ、と修一が呟く。
AD兵器を作った結果生まれた世界は、彼の望むものでは無かった。
連邦同盟を国連に認可させても、世界は混沌のままだった。
そして今も、無い頭を絞って色々考えたとして、ちょっとした綻びからドンドン亀裂が走り、問題が大きくなっていく。
と、額に手を置き、考えていた時。
再びノックの音が響く。
「どうぞ」
来客の予定はない筈だとした修一がドアを見ると、そこにはしかめっ面を浮かべたヴィスナーの姿が。
「何か用かな?」
「……お父様はどこにいんのよ」
「このUIGにいると思っていたのか?」
「ここは、お父様が所有してたUIGだもん」
ヴィスナーはまっすぐ修一を見る。
彼女は純粋だ。嘘は全く通じないし、そもそも修一は騙す事が苦手だ。
ならば、本当の事を言うしかない。
「ああ。ここにいる」
「どこにいんのよ。もうかれこれ二時間探してんのに、どこにもいないのよ……!」
「見つからないだろうね。時期が来たら教えてあげようと思ったのだけれど」
デスクの隅に隠されたスライドを下げ、一つのスイッチを押す。
すると、僅かに本棚がズレ、人が一人通れる程の隙間が出来ると――そこへ続く、一つの階段が見えた。
「これは」
「驚く事は無い。元々UIGは地底に研究機関を有する事でテロや紛争から情報を守る為の物だ。ならばこうした隠し通路等は、本来あって然るべきだ」
構造上の観点と連邦同盟に反する事から三国はしないがね、と注釈しつつ、修一が先んじて階段を降りていくと、ヴィスナーが続けて降りていく。
風の通る音と、二人の足音だけが聞こえる。
そして、数分下った先にあった一つの扉は、それこそシェルターに近い防災扉が設置されていた。




