ズィマー-08
『島根、悪いけどここまでだ。次の作戦がどうなるかわからないけど、アーミー隊に合流するまでに整備問題を解決しないと、いざって時にオレが動けない』
「あ、うん」
『お前、何か焦ってるか?』
ふと問われた言葉に、のどかが言葉を詰まらせる。
『人、殺した事を悩んでるのか?』
「……なんで分かるの?」
『それ位しか思いつかなかっただけだけど、当たりか?』
沈黙が答えとなる。織姫は機体を動かし、整備不良個所の確認を行いつつ、そのままのどかに言葉を投げ続ける。
『悩むなとは言わない。悔やむなとも言わない。けど、その気持ちを戦場に持ち込むな。じゃないとお前が死ぬぞ』
「アタシは、負けないよ」
『けどよく覚えとけ。戦場で死ぬ奴は、大体迷う奴だ』
「迷うって、何を?」
『こうしていいのかな、とか、こうしなきゃダメなんじゃないか、なんて事を戦場で悩む奴が一番死ぬんだ。悩む前に行動し、戦場が通り過ぎてから反省すりゃいいんだよ』
「……人殺した後に反省したって、その人は帰ってこないのに?」
『それを迷うなっつってんだ』
最後にそれだけを強い口調で言った後、雷神は試作UIGに向かっていく。
「……悩むなって、無茶言うなぁ、姫ちゃん」
人はいずれ死ぬ。だが、誰かを殺すという事は、本来その者が今後描いていく人生を、終わらせてしまう行為だ。
戦争だ、殺し合いだ、やらなければお前が死ぬと言われても――迷わない筈がない。
「ああ……アタシ、弱くなったなぁ……」
嘆く言葉は、誰にも届かない。
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レーザーサーベルに送電開始。電磁波の放出と共に光が形作られ、それが機体の半分ほどのサーベル状に形成される。
敵のアルトアリス型が所有していた狙撃銃は、サーベル上に固定させるのではなく、そのまま撃ち出す形式となる。
しかし照射する熱線がビームではなくレーザーであれば、レーザーサーベルを形成する磁場と同じく、電磁波の形成で屈折もしくは打消しを可能と出来るのではないか、というのが今回の考えだ。
まず、明久の秋風が使用許可を得てレーザーサーベルを展開し、眼前に立つ城坂聖奈の搭乗する秋風に向け、一歩一歩近づいていく。
そして聖奈は、今目の前に秋風の装甲を焼き、コックピットを貫ける刃が少しずつ迫ってきているという現実に、冷や汗を流した。
しかし、落ち着いて肩部の電磁誘導装置から電磁波を最大出力で放つ。
すると、明久機が近づけば近づくほど、段々とサーベルを形成する磁場が揺らぎ、最後には形作る磁場が掻き消えた事によって、レーザーが一瞬だけ伸びたが、しかしそれも磁場によって遮られ、四散する。
最後は少し焦ったが、しかし有効だと実感できた事によって、ホッと胸を撫で下ろす三者。
聖奈は形成する磁場はどの様な磁場でも構わないのかだけを実験し、最後に二者へ講義を開始。
「レーザーを掻き消すには、肩部の大型電磁誘導装置から出力を最大にするしかない。電磁誘導装置は数ある磁場の中からその時に最適な磁場を選んで形成してるから、基本はその時選ばれてる磁場を最大出力まで上げればOK」
「しかし、展開には時間がかかるんじゃないっすか?」
「その辺は問題なし。一瞬でも着弾を遅らせる事が出来れば、自然と掻き消せるから、とにかく敵がこちらを狙ってるって事が分かった時に最大展開を徹底して」
「しかし、敵がいつも我々の視界内にいるとは限りません。それはどうします?」
「一番いいのは撃たせない事だけど、難しい場合は常に狙撃可能ポイントを逆算して、可能な限り狙撃不可能な位置に立ち回る事が重要かな。これはレーザーじゃなくても有効だから覚えておいて」
「でもずっこいっすよね。敵は幾らでも撃ち放題な兵器なんて」
「多分だけど、撃ち放題じゃないと思う」
聖奈が想定するに、敵の持つレーザー狙撃銃は弾数制限があると思われるという。
これは銃の様に照射するタイプとなると、必要電力があまりに大きくなり、AD兵器に搭載されているデュアルハイブリッドエンジンだけでは送電できる量が限られるから、実用化に程遠いという現実があり、別に電力供給の方法が必要になるからだという。
では、敵がどの様にその電力を供給しているかは、元々充電式のバッテリーを搭載した弾数制限有りのマガジンが存在すると想定した。
「つまり、マガジンを使い切れば、敵はレーザー銃の使用が出来ない、という事ですか」
「そう。――でも、問題が一つ。基本スナイパーは、確実に命中すると分かった時、正確に敵を撃つ事の出来る技能に特化している事が多い」
特にこれまで交戦してきたアルトアリス型は、どのパイロットも機体性能を引き出していると言っても過言ではないだろう。
織姫曰く会話したアルトアリス型のパイロットが「秋風と同等スペックあるアルトアリスを」と言っていた事もあり、秋風と同等スペックの機体で、誰もが認めるエースパイロットである彼らを苦しめているのだ。
敵の実力は、同等に近い。むしろ、敵陣に乗り込むとなれば敵の方に分がある。
敵に弾数制限を気にさせる程、無駄弾を撃たせられるとは思えない。
「だから次に重要な事は一つだけ。――敵陣では動きを止めないで。動きを止めたら、確実に死ぬと思えばいい」
ゾクリと体が震える感覚。
明久はグッと右手の拳を握りしめ、左手で包み込んで、精一杯な力を込めて「はいっ」と返答する。
その返事が気持ちよかったのか、聖奈がニッコリと笑って「よし」と明久の頭を撫でた。
万全とはいかないが――敵に対応する策は可能な限り思いつくことが出来た。
ならば、これ以上できる事は無い。
三人は機体に乗り込み、試作UIGへと戻っていく。
――島根のどかの機体が、一機ポツンとグラウンドに残っている事に、誰も気付かないまま。




