ズィマー-03
梢も、言いたくはなかったと言わんばかりに顔を伏せてしまったので、哨はそれ以上何も言えず、ただ「……ごめん」とだけ謝った。
修一は何だかそんな二人を見ていて、思わず笑ってしまう。
「……今の、笑う所ですか?」
「ああ、ゴメンね。内容は笑う事じゃないけれど、それでも想像してしまってね」
何をだろうと、梢と哨が顔を合わせると、修一は「大した事じゃないよ」と言葉を放つ。
「そう言う、兄弟姉妹の会話を見ていると、聖奈や織姫、楠の事を想ってしまってね。あの子たちも、そんな風にちゃんときょうだいをしているのかな、と思ったら、どうにも笑ってしまうんだ」
「ちゃんと父親らしい気持ちも残っているんですね」
梢が、嫌味ったらしく言うと、修一も笑って「そうだね」と頷く。
「僕は最低の父親だ。生きていたのならば、あの子たちの事を一番に考えて動かなければならないはずだった。なのに今は、あの子たちに敵対する組織のトップだ」
「どうしてなんです? 修一さんは、どうして生きていたのに、姫ちゃんや楠ちゃんの元へ、帰ってあげなかったんです?」
「それは」
そこで、輸送機の準備が整った。修一は思わず答えそうになった口を閉じて、二人の肩に手を置くと、残念そうに「ここまでだ」と笑いながら答えて、立ち上がる。
「アルトアリス各機及び風神の収容は完了しているな」
「ハッ、各パイロットは機体コックピットにて待機中です」
「風神パイロットは緊急医務室かな」
「肯定です」
「では出発する。早くしないとアーミー隊の艦隊から爆撃が来るぞ」
修一は、そのまま哨と梢の隣に座る事は無かった。
けれど、最後に修一が見せた笑みだけが――哨の頭に残って、離れない。
どうしてだろうと、哨は考える。
そして、分かった。
――あの笑みは、織姫と同じ顔だったのだと。
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私……ズーメイこと、ズィマーは目を覚ました。
喉に残る酸っぱさ、そしてグワンと揺れる頭を抑えながら、私は起き上がろうとした。
しかし、身体には至る所に固定用ベルトが巻きつけられていて、自分が如何に危険とされているかを思い知らされているようで、思わず涙が零れる。
「ず……うぇい……」
伸ばしたいけれど、伸ばせない手。
捻り出したい言葉だけれど、呂律も上手く回らず、しっかりとした言葉に出来ない。
何時もそうだ。
思考はハッキリとしているのに、ちゃんと自分の意思を伝える術がない。
最愛の妹は、それでも姉である私を慮ってくれる。
あの子に、ありがとうと言いたい。
気持ちをしっかりと伝えたい。
その為の方法が無くて――何時も涙を流す時、あの子は来る。
「お姉ちゃん」
泣いているの、と。
妹であるリェータ――ズーウェイはパイロットスーツを着込んだまま、輸送機内にある医務室にこっそりと入り込み、私の元へとやってきて、涙を拭ってくれる。
「ず……うぇ、い……」
「え」
言っていて、自分自身が、一番驚いていた。
今、私は彼女の名前を、言えたか?
「ずー……うぇい……?」
「お、お姉ちゃん……今、名前……」
言えている。言えているのだ。
ズーウェイも驚いている。だが、まだだ、まだ足りない。
今まで、十年近く彼女の名を、しっかりと呼べていない。
だからこそ、今しっかりと、彼女の事を呼んであげなければ。
愛おしい妹、大好きな妹、何時も私の所にいてくれる妹、その名はズーウェイ。
「ずー、うぇい……ずーうぇい……っ」
「うん……うんっ、私は、ズーウェイだよ。お姉ちゃんは、ズーメイだよ……っ」
ああ、こんな時にも関わらず、名前しか言えない自分の口が恨めしい。
もっとあるだろう。彼女に伝えたい言葉が。
なのにどうして、私の舌は、彼女の名前しか呼べないのだ。
「困ります。今は安静にさせないと」
「あ、ゴメンなさい。でも、ちょっとだけ……お姉ちゃん、私、行くね。
あのね、私、トモダチが出来たの。お姉ちゃんにも、紹介する。
良い子なんだ。とっても良い子。私たちの事を知って、涙を流してくれる、とっても良い子なの。
だからお姉ちゃん、お姉ちゃんも、ミハリと友達になろう。
そうすれば、きっと、お姉ちゃんはもっと、色々話せるようになる。
私、その時が来ることを、楽しみにしている」
ズーウェイが、医務室の男に気付かれ、抑えられている。
安静にさせなければいけないと、これ以上はだめだと。そして優しい彼女は、私の事を慮るが故に、その言葉を受け止め、手を振って行ってしまう。
行かないでと、手を伸ばす事が出来ない。
「ズーウェイ……ずーうぇいっ」
声をあげるけれど、強く張り上げる事が、出来なくて。
ズーウェイは、またどこかへ、行ってしまった。
寂しいけれど……でも仕方ないと、手を下す。
「……トモ、ダチ」
あの子が途中で言った言葉だ。
トモダチとは何だっけ、考えるけれど、思いつかない。
私とズーウェイは、カゾクだ。
なら、トモダチとは、カゾク以外の何かなのだろうか。
分からないけれど。
何時も悲しそうにしている彼女が、そのミハリというトモダチの事を語る時だけ、嬉しそうにしていた。
つまり、とても良い事なのだろうという事だけは分かって。
私は、胸の所にちょっとした締め付けられる感覚を覚えると同時に、喜びを覚えた。




