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ズィマー-03

 梢も、言いたくはなかったと言わんばかりに顔を伏せてしまったので、哨はそれ以上何も言えず、ただ「……ごめん」とだけ謝った。


 修一は何だかそんな二人を見ていて、思わず笑ってしまう。



「……今の、笑う所ですか?」


「ああ、ゴメンね。内容は笑う事じゃないけれど、それでも想像してしまってね」



 何をだろうと、梢と哨が顔を合わせると、修一は「大した事じゃないよ」と言葉を放つ。



「そう言う、兄弟姉妹の会話を見ていると、聖奈や織姫、楠の事を想ってしまってね。あの子たちも、そんな風にちゃんときょうだいをしているのかな、と思ったら、どうにも笑ってしまうんだ」


「ちゃんと父親らしい気持ちも残っているんですね」



 梢が、嫌味ったらしく言うと、修一も笑って「そうだね」と頷く。



「僕は最低の父親だ。生きていたのならば、あの子たちの事を一番に考えて動かなければならないはずだった。なのに今は、あの子たちに敵対する組織のトップだ」


「どうしてなんです? 修一さんは、どうして生きていたのに、姫ちゃんや楠ちゃんの元へ、帰ってあげなかったんです?」


「それは」



 そこで、輸送機の準備が整った。修一は思わず答えそうになった口を閉じて、二人の肩に手を置くと、残念そうに「ここまでだ」と笑いながら答えて、立ち上がる。



「アルトアリス各機及び風神の収容は完了しているな」


「ハッ、各パイロットは機体コックピットにて待機中です」


「風神パイロットは緊急医務室かな」


「肯定です」


「では出発する。早くしないとアーミー隊の艦隊から爆撃が来るぞ」



 修一は、そのまま哨と梢の隣に座る事は無かった。


けれど、最後に修一が見せた笑みだけが――哨の頭に残って、離れない。


どうしてだろうと、哨は考える。


そして、分かった。



――あの笑みは、織姫と同じ顔だったのだと。



**



私……ズーメイこと、ズィマーは目を覚ました。


喉に残る酸っぱさ、そしてグワンと揺れる頭を抑えながら、私は起き上がろうとした。


しかし、身体には至る所に固定用ベルトが巻きつけられていて、自分が如何に危険とされているかを思い知らされているようで、思わず涙が零れる。



「ず……うぇい……」



 伸ばしたいけれど、伸ばせない手。


捻り出したい言葉だけれど、呂律も上手く回らず、しっかりとした言葉に出来ない。


何時もそうだ。


思考はハッキリとしているのに、ちゃんと自分の意思を伝える術がない。


最愛の妹は、それでも姉である私を慮ってくれる。


あの子に、ありがとうと言いたい。


気持ちをしっかりと伝えたい。


その為の方法が無くて――何時も涙を流す時、あの子は来る。



「お姉ちゃん」



 泣いているの、と。


妹であるリェータ――ズーウェイはパイロットスーツを着込んだまま、輸送機内にある医務室にこっそりと入り込み、私の元へとやってきて、涙を拭ってくれる。



「ず……うぇ、い……」


「え」



 言っていて、自分自身が、一番驚いていた。


今、私は彼女の名前を、言えたか?



「ずー……うぇい……?」


「お、お姉ちゃん……今、名前……」



 言えている。言えているのだ。


ズーウェイも驚いている。だが、まだだ、まだ足りない。


今まで、十年近く彼女の名を、しっかりと呼べていない。


だからこそ、今しっかりと、彼女の事を呼んであげなければ。


愛おしい妹、大好きな妹、何時も私の所にいてくれる妹、その名はズーウェイ。



「ずー、うぇい……ずーうぇい……っ」


「うん……うんっ、私は、ズーウェイだよ。お姉ちゃんは、ズーメイだよ……っ」



 ああ、こんな時にも関わらず、名前しか言えない自分の口が恨めしい。


もっとあるだろう。彼女に伝えたい言葉が。


なのにどうして、私の舌は、彼女の名前しか呼べないのだ。



「困ります。今は安静にさせないと」


「あ、ゴメンなさい。でも、ちょっとだけ……お姉ちゃん、私、行くね。


 あのね、私、トモダチが出来たの。お姉ちゃんにも、紹介する。


良い子なんだ。とっても良い子。私たちの事を知って、涙を流してくれる、とっても良い子なの。


だからお姉ちゃん、お姉ちゃんも、ミハリと友達になろう。


そうすれば、きっと、お姉ちゃんはもっと、色々話せるようになる。


私、その時が来ることを、楽しみにしている」



ズーウェイが、医務室の男に気付かれ、抑えられている。


 安静にさせなければいけないと、これ以上はだめだと。そして優しい彼女は、私の事を慮るが故に、その言葉を受け止め、手を振って行ってしまう。


行かないでと、手を伸ばす事が出来ない。



「ズーウェイ……ずーうぇいっ」



 声をあげるけれど、強く張り上げる事が、出来なくて。


ズーウェイは、またどこかへ、行ってしまった。


寂しいけれど……でも仕方ないと、手を下す。



「……トモ、ダチ」



 あの子が途中で言った言葉だ。


トモダチとは何だっけ、考えるけれど、思いつかない。


私とズーウェイは、カゾクだ。


なら、トモダチとは、カゾク以外の何かなのだろうか。



分からないけれど。


何時も悲しそうにしている彼女が、そのミハリというトモダチの事を語る時だけ、嬉しそうにしていた。


つまり、とても良い事なのだろうという事だけは分かって。


私は、胸の所にちょっとした締め付けられる感覚を覚えると同時に、喜びを覚えた。

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