戦災の子-15
『なぁ、ヴィスナー君。君は彼のやろうとしている事を、知っていたのかい?』
「……どうだろ。アンタが聞いた事とアタシが知ってる事、どれだけ合っているかも疑わしいじゃん」
『全て聞く事は恐ろしいが――その計画の中で、私はやっぱり死ぬのかい?』
「……死ぬと思う」
『なら合っているだろう』
「アンタはさ、死ぬことが怖くないの?」
『怖いさ。君は子供の頃に「死」という概念について考えた事はあるかい?』
「無かったと思う」
『死とは、何だろうねぇ。死んだら人間はどこに行くのだろう? 魂という存在は本当にあって、それらはどうやって報われる? いや、報われるのだとしたら、今まで私達が殺してきた人の命は、報われているのだろうか?』
――それとも、死ねば意識はただ闇の中にあるのだろうか。
オースィニの言葉に、ヴィスナーは初めて、身体を震わせた。
『私は死ぬ。けれど私が死ぬことで、君たち子供の命が救われるならば、私の命など全て投げ打とうじゃないか』
「どうして。アタシはアンタの事なんか何も知らない。ズィマーだってリェータだって、リントヴルムだってそう」
『ああそうか。君にはしっかり私の事を教えていなかったね。リントヴルムさんには色々と語ったが……』
「元SASの父親がアンタに技術を叩き込んだんだっけ?」
『そうそう。本名はエミリー・ハモンド、好きな言葉は端麗かな』
「それ以上の事は?」
『無いよ。……無いんだよ。私の過去なんて、殺し殺されの戦場にいた事以上のものが無いんだ』
「無残なもんね」
『日がな一日を、ただ惰性で生きる人々よりは、まともな人生を歩んでいると思っていたよ。……昔はね』
「今は違うの?」
『何も危険な事の無い一日というモノが、尊ばれる世界というものさ。世界はそうした安寧の中にある方が好ましい』
「そんな世界、例えシューイチの成した世界でも、作れないよ」
『そうだねぇ。彼の作った世界では、確かに平和は訪れるだろう。だが平穏ではない。安寧でもない。――しかし、無駄に命を落とす子供たちを救う事は出来るだろう』
私はそれ以上を求めない。
オースィニとの会話は、それ以上等ない。
何故なら。
『ヴィスナー、オースィニ、機体にいるのかい?』
二人の間に割って入る、城坂修一による音声通信があったから。
「何よシューイチ。乙女二人の会話に割って入りやがって」
『それは失礼した。だが緊急事態でね』
『何があったのかな』
『敵襲だ』
修一の言葉と共に。
屋敷全体に響き渡る警報の音が、全員の鼓膜を刺激する。
脳に直接叩き込まれるかのような音が、その場にいる者全員を委縮させるが、しかし五人だけは違った。
オースィニは搭乗しているアルトアリス・試作一号機を起動させる。
ヴィスナーも続けて、搭乗しているアルトアリス・試作二号機を起動させる。
リェータはアルトアリス・試作二号機に乗り込み、機体を起動させる。
リントヴルムはアルトアリス・試作五号機に搭乗し、機体を起動させる。
風神に搭乗するべきズィマーと霜山睦はその場で待機し、整備班の人間によって保護された後、四機はシステム起動を終了すると同時にデータリンクを開始。
『何の警報だいコイツぁ?』
リントヴルムの質問には、修一が答える。
『敵襲だ。機体識別コードからして、アーミー隊のAD部隊だな』
『アーミー隊だけかい?』
オースィニが続けて問いかけると、修一は『だろうね』とだけ答えた後、各機にデータを送信する。
『目には目を、歯には歯を……とはこの事だな。連邦同盟で規定されている以上のAD部隊を動員している。恐らくだが、アーミー隊の特殊部隊班をテロ組織に偽装して導入してきた。流石ガントレット、考えたな』
通常、日本・アメリカ・ドイツの三国他は、連邦同盟という機密協定によって、一部隊における最大保持可能のAD総数が定められいる。
例えばアーミー隊の全部隊では、AD配備可能総数を二十四機と定められており、更に言えば拠点防衛や正規軍務における配備数などを考えれば、実際に遠方で投入できる総数としては四機から六機が限界である。
にも関わらず、現在名も無き屋敷へと向けて敵襲を仕掛けている機体総数は、十二機。これだけでアーミー隊の所有できるAD総数の半数を消費している。
ならば、この襲撃はどのようにして行われているのか。
『機体を書類上横流し、正規軍としてではなく、テロ組織として襲撃する事で、通常投入できる倍の兵力を投入してきた――という事ですね』
『そうだ。アーミー隊の特殊部隊班は、こう言う場合に連邦同盟の規定を超えた作戦を展開する為、正規軍人扱いにはされていないのでね』
『ガントレットの野郎、やる事がみみっちいなぁ』
リェータが確認し、修一が答えて、リントヴルムが呟いていく。
その間、各機は既に行動開始が出来る状況となっている。
敵は十二機。ADからすれば小さな島にぽつんと立つこの屋敷では、一分もしない内に占拠されてしまう。だからこそ、何時でも動くことが出来る状況を作っているのだろう。
「たかがポンプ付きが十二機でしょ?」
『そうだね。私達ならば、殲滅は容易だ』
『だからこそ、テストにはちょうどいい』
全員に作戦が伝えられる。
しかしその作戦は――作戦と呼べるものではない。
『ズィマーと霜山睦は、直ちに風神へ搭乗し、敵を殲滅する事。アルトアリス各機は待機し、場合によっては風神の援護を』
ただそれだけの内容。
だが、全員はそれに納得していた。
風神は、一騎当千の力を持って、敵を殲滅する為の機体だ。
ならば――十二機のADを相手に、立ち向かえなければ話にならない。
ズィマーの手を引き、風神のコックピットに入る霜山睦。
二人の女性が乗り込み、睦が機体のマニピュレータに軽く触れると、機体は起動を開始する。
動き出す機体。乱雑に推進剤等の補充を行うケーブル類を抜き放ったそれは、格納庫奥より開かれたハッチへと向け、歩き始める。
『お姉ちゃん、頑張って』
リェータの言葉と共に。
『うう――うぁああああああああっ!!』
ズィマーの絶叫が全員のマイクへと届き、機体は飛び立っていく。
その姿を、これから全員は――ただ見ていたという事だけは、先に記しておこう。




