戦災の子-14
リントヴルムは欠伸を溢しつつも、自身の後ろを歩む二人の女性に視線を向けた。
自分の指を噛んで血をダラダラと流していながらも、むしろそれが落ち着くと言わんばかりに表情を綻ばせるズィマー。
俯き、ずんと重たい表情を浮かべて、ただ歩く霜山睦。
二人は対ショック用のパイロットスーツを着込んだまま老化を歩き、今格納庫へとたどり着く。
「あん? ミハリちゃんいねぇじゃん」
なぜ彼が二人を連れて来たかというと、風神の操縦試験の際に同行して意見を聞かせて欲しいと修一から依頼を受けたからに他ならない。
その為彼女達を部屋まで迎えに行き、格納庫まで連れてくるように頼まれたのだ。
「しゃーねぇ。ちょい待つかね」
物資コンテナに座り込んだリントヴルム。彼の隣に座って頬を掻きむしろうとするズィマー。二人に目も暮れず、ただ風神を見つめる睦。
リントヴルムは睦に向けて「なァ」と声をかける。
「どうしてシューイチに従ってンだよ? 四六の隊長だろ? お前さんは」
睦は何も答えない。しかし顔を僅かに俯かせたので、何か思う所がある事は確かだろうとした。
「答えたくねェなら別にいいけどよォ。でもオリヒメとか、クスノキだっけ? アイツらをライジンとやらに乗せといて、お前さんが敵になるんじゃ、アイツらもやり辛ぇだろうなぁ」
「……私は、修一様に従うだけです」
初めて声を聴いた気がして、リントヴルムは「おお」と彼女の綺麗な声に驚きつつも、しかし語った答えが想定外で、首を傾げた。
「シューイチの事、崇拝してンのか? 敵になったのに」
「敵じゃありません。彼は、雷神プロジェクトと同じく、風神を用いて平和を作り出そうとしています。その手助けが出来るなら、私に出来る事を、なんでもするだけです」
「その割にゃ、お前さん世界の終わりみたいなツラしてるぜ? もうちょいまともにウソつきな」
リントヴルムからすれば、彼女が何を企んでいるかなど、知った事では無い。せいぜい現場を面白く引っ掻き回してくれればいいとして、ハンッと笑った。
「ず……うぇい」
「ん? ズィマーちゃん何か言った?」
「んん、んんん」
「何言ってンのかわっかんねェなぁ」
ズィマーの頭を乱雑に撫でるリントヴルムと、少々顔をしかめながらも赤くした彼女の事を、睦はただ見ているだけだった。
そんな三人のいる場所に、ミハリとリェータが戻る。
「お、帰って来たなミハリちゃん」
「えっと、リントヴルム、さん」
「そーそー、オレの事、オリヒメから聞いてる?」
「バケモノの変態だって、言ってました」
「おぉ、アイツから直接言われてぇ罵倒だなぁ」
ゾワリと体を震わせた哨に「三割冗談だよぉ」と笑って弁明したリントヴルムと「残り七割は本気なのね」とため息をついたリェータが、哨の手を引いて彼から遠ざける光景を、ズィマーはじっと見ていた。
「なに、お前さんら、仲良くなったの?」
「トモダチ」
「友達になりました」
「オレも友達にしてくれよぉ、カワイコちゃんだったら何時でも大歓迎だからよぉ」
「ミハリ、この男に近づいちゃ、駄目」
「うん、怖いし、近づかない」
「あらら、嫌われたなぁオレ」
そんな他愛もない会話を繰り広げていた全員に、睦は割って入り、哨に声をかける。
「哨さん、風神の整備は」
「え、あ。ごめんなさい、あと少しで終わります」
「お願いします。……申し訳ないけれど」
「……いえ。ボクも目標が出来たので、精いっぱいやります!」
急いで風神の整備に取り掛かる哨。その動きは早く正確で、リントヴルムが「ありゃスゲェ」と珍しく真顔で言う。
「確かのあの子の技術を求めた結果なら、お前さんらを囮にしてまで組んだ作戦も意味はあらぁな」
「そもそもあの作戦には、オースィニ以外は特に何とも思っていません」
「で、そのオースィニちゃんとかヴィスナーちゃんはどこよ。今日は何も予定なさそうな感じなら、一緒に風神でも見ようと思ったのによぉ」
リェータは「知る筈無いでしょう」とぶっきらぼうに返してくるが、その態度もリントヴルムからすれば、快楽にしかならないとは黙っておいた。
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ヴィスナーは、自身の駆るアルトアリス試作二号機のコックピットより見える、そんな全員の表情を見据えつつ、回線を開いてアルトアリス試作一号機のコックピット内で押し黙るオースィニへ通信を図る。
「聞こえる?」
『聞こえているよ。どうしたんだい?』
いつものあっけらかんとした声が届いて、ヴィスナーは「意外ね」という言葉を先に口ずさんだ。
『意外とは?』
「アンタの事だから、シューイチのやる事に文句でもあると思ってたのに」
『あったさ。けれど、彼の口から聞けることを全て聞いてね』
「また嘘かもしれない」
『彼は一度だって嘘をついた事は無いよ。騙す事はあってもね』
ヴィスナーにとって、嘘と騙しの根本的な違いが判らない。彼女はしかし「そう」とだけ言って押し黙る。




