戦災の子-13
「もし仮に、僕が君の要求を呑まないとしたら、どうするんだい?」
「撃ちます」
「どうして君は、そこまでリェータの事を慮る? 確かに彼女の境遇は同情に値するものだろうが、しかし君の生きる世界には、何ら関係の無い事だろう?」
「仮にも世界に平和を、とか言ってる先導者様の言葉とは思えないんですけど」
「だが事実なんだよ。確かに僕は、世界に平和をもたらす為に行動している。例えばリェータを殺す事で平和を作り上げる事が出来るなら、僕は彼女を殺そう。
けれど、君は違う。君はリェータと同じ人生を歩んでもいなければ、僕のように平和をもたらす先導者様でもないだろう? なのになぜ」
「友達だからですよ。友達の為に命張るなんて、当たり前の事です」
「当たり前ではない。誰だってまずは自分の命を守るべきだ。それにリェータだって自分の為に君が死ぬことを望んではいない」
「独りよがりだっていい。自分勝手だっていい。――ボクは、友達の幸せを願えない位なら、死んだって良い」
彼女の眼は本気だ。
修一はそう信じたからこそ、頷いた。
「分かった。全てが終わったら、リェータとズィマーを解放し、投与剤の複製方法を君に委ねよう。だから、その銃を僕かリェータに渡しなさい」
「約束ですよ」
こめかみから銃口を外し、床に向けて装填済みの銃弾を放った哨は、セーフティを入れて、ズーウェイに返却する。
彼女も呆然としながらそれを受け取り、修一の部屋を出て行こうとする哨についていく。
「待ちなさい」
「まだ何か?」
「君は、友達の為に命を張る事を、当たり前だと言ったね」
「はい。嘘じゃないです」
「その志しは立派だ。けれど、もう二度と止めなさい」
「どうして貴方に説教されなきゃいけないんですか?」
「その友達や、君の家族が悲しむからだ」
哨はグッと口を閉じて、視線を修一から外し、ズーウェイと視線を合わす。
彼女は僅かに戸惑いつつも、しかし今は哨の安全を喜んでいる。
「僕にも経験がある。僕の友達は、違う友達とその息子を守る為に、娘の命と自分の命を張った」
「その友達は、どうなったんです?」
「娘を残して死んだ。そして、そいつが守ろうとした友も、自責の念に駆られて自殺した」
哨は、何も言わない。修一も言葉を止める事無く続ける。
「僕は一人だけ取り残された。それが辛かったよ、悲しかったよ。けれど、それを原動力にする事が出来たから、今こうして平和を作り上げる為に、行動をしている」
「ボクは、その友達とは違います」
「違くない。君が張った命は、誰かを悲しませる命だ。そうして失う命は美徳でもなんでもなく、ただ愚かなだけだと理解しなさい」
修一の言葉に、哨はとうとう何も言い返せなくなり、彼へ頭を下げた。
「ごめんなさい。その点は、ボクが間違っていました」
「宜しい。友達の為に行動が出来る君は確かに素晴らしい。だからこそ、今後はその行動を、もっと別の方法にして欲しい。それを祈っているよ」
修一は、デスクの中から一つのUSBメモリを取り出すと、それを哨へと差し出す。彼女はそれを受け取り、これはと首を傾げた。
「投与剤の製造方法が記載されている文書データだ。今はロックをかけているが、解除コードは全てが終わったら伝えよう」
「……お姉ちゃんに言えば、多分ロック解除してくれますよ?」
「それでもいい。僕も、友達の為に行動する君に、心を打たれたと思ってくれればね」
そう言って哨とズーウェイを見送った修一。
彼の部屋を離れ、哨は格納庫へ戻る道を歩んでいたが、しかし途中で足を止めて、ズーウェイへ頭を下げた。
「ホントにゴメンね、自分勝手な事をして」
「いいえ。驚いたけれど……それより、その」
「うん? どうしたのズーウェイ」
「ありがとう、ミハリ」
一筋の涙を流しながら、ズーウェイが笑う。
彼女のそんな表情を見れた事が嬉しくて、哨も笑う。
「日本に行ったら、美味しいラーメン食べに行こう」
「ラーメンって何?」
「中国が本場でしょ!?」
「そうなの?」
「あー、でも日本のラーメンはもう日本独自の文化みたいに聞いた事あるしなぁ。いやそれにしたって」
「それより、私はオキナワに行ってみたい。海が綺麗だって聞いて、少し興味があった」
「いいね! ね、ズーウェイは水着とか着た事ある? 可愛いの着て、海で見せびらかしちゃえばいいよっ」
「でも、注射痕とかあるし」
「大丈夫だって、ズーウェイは可愛いし、みんなそんな所見てないって!」
二人は手を繋いで、格納庫への道を戻っていく。
微笑みを交わしながら語られる他愛もない話は、これから戦場へ出向く者たちを送り出す拠点に相応しくない、軽やかな喧騒がそこにはあった。




