戦災の子-08
オレと姉ちゃんは、試作UIGの格納庫に用意された雷神と、姉ちゃんの操縦する秋風がどの様に修繕がされているかを見ている。
高田重工から派遣された三人の技師、AB社から派遣された二人のOMS技師は、確かにそれを職とする者に相応しい技能を持っているものの――機体整備としての腕は哨に劣り、OMS技師としてのシステム構築の時間も、清水先輩に比べれば雲泥の差が存在する。
「あの二人と比べちゃ駄目よ。あの二人は、まさに天才なんだから」
「姉ちゃんはその天才を引き入れた」
「そうね。そうする必要があったと認識していたから」
「どうして子供じゃなきゃダメだったんだ。雷神プロジェクトを推進するのに、大人じゃダメな理由でもあったのか?」
「強いて言うなら――役割や、立場に惑わされない、考える子供の参加を促したかった、という事はあるわね」
これは霜山一佐の発言でもあるけれど、と先に注釈を入れた姉ちゃんは、それでも自分の意見として語り始める。
「この世で誰よりも純粋に世界を見通せる者は、子供だと思ってる。自衛隊に所属する事になれば、どうしても上の指示に従う事しか出来ない者になってしまう。かといって高田重工やAB社の社員だったりすれば、今度は会社の意向も入ってきてしまう。
そうじゃなくて、私は自分で考える事が出来て、けれどまだ何にも知らない子供たちが、立派な大人になれるようにしたいと思った。
まぁ、後は姫ちゃんと楠ちゃんが接する人なら、大人より子供の方が良いだろうと思ったって言うのも理由かな。どっちかというとこっちが八割ね」
「それで子供の将来を潰すかもって、考えなかったのか?」
「考えなかったなぁ。何せお父さんが敵に回るとは考えていなかったし、せいぜい雷神の防衛程度だと思っていたもの。見通しが甘いって言われちゃ、それまでだけどね」
「いや、確かにそうだ。雷神プロジェクトを推進する上で、親父以上の天敵はいない。逆に言っちまえば親父の事以外で『雷神プロジェクトで成す事』ってのは、味方を敵の脅威から守る事だけだ。親父が死んでると考えていた中、そうなって子供を呼び込む事は、間違いじゃない」
「姫ちゃん。貴方は今、現状の原因を『如何に自分の責任にするか』を考えていない?」
「……そんな事、無いと思う」
「哨ちゃんも梢も、言ってしまえば紗彩子の事だって、姫ちゃんが悪いわけじゃない。戦場に彼女達を巻き込み、守る事の出来なかった私やガントレット大佐、そして霜山一佐と遠藤二佐の責任よ。貴方が責任を感じる事じゃない」
「オレには守る為の力があった。けれど、その力を振るえなかった。それだけで、責任の一端はオレにもある」
「なら全員の責任。だからお父さんを止めなきゃならない。――自暴自棄になって、自分自身を追い込んで、心に閉じ込める事は、やめなさい」
彼女は技師に呼ばれ、コックピット内に入る。そしてオレも、隅の量子PCを触る清水先輩に声をかける。
「どうだ」
「ご注文の品はもう納品しているぞ。お前一人で起動と、簡単な操縦は可能となった」
「ありがとう」
整備性の向上を目的として、オレは清水先輩に、オレか楠の一名がいれば機体の起動及び操縦が出来るようにシステムを書き換えてもらった。セキュリティ低下の問題はあれど、そもそも一人でもいなければ機体の起動が出来ないシステムであれば、概ねセキュリティとしては万全だ。
「武器を持たせる事は出来ないんだよな」
「外部記憶媒体に火器管制を導入して、簡易的に使えるようにすることは出来るが、使い物になるレベルではないな」
「そっか。まぁ、オレが撃つとなると正確な射撃は難しいし、楠に銃を撃たせたくないし、それでいい」
「会長に銃を撃たせたくないとはな。お前は今、使える手駒は全て使う、戦場の体現となったつもりだろうに」
「戦場の体現とは、大きく出たな」
「違うのか?」
「まぁ、その通り。そうなりたいと思ってる」
彼の言う戦争の体現とは、どんな状況においても自身や味方の勝利を是非とするあり方の事だろう。そしてオレも、確かにそうする為に、楠もいずれは銃を撃たねばならない時が来るかもとは思っている。
けれど、そうしたくないと考えてしまう。
楠は、銃なんか持たなくったって、立派な兵士だ。
彼女にはずっと、笑顔でいて欲しい。
その為に、オレが出来る事は何だってする。
――例えオレが、彼女の代わりに、人を殺す事になっても、構わない。
「城坂織姫。オレはお前に言いたい事がある」
「何だよ」
「前に尋ねたな。お前は、本当に自分がしたいと思った事をしているのか、と」
「聞かれたな。答える事が出来なかった」
「今はどうだ? ――誰かを殺してまで、お前は本当に皆を守りたいと言えるのか?」
「言えるよ。もう二度と、誰も失わない。その為に、オレは震えようがどうしようが、銃を撃つ。雷神は、銃を撃てないオレが満足に動かせる兵器だ。敵を殴り殺してでも、墜とす。それが許されている機体だ」
「ならばいい。だが、努々忘れるなよ」
「何を」
「ただの殺戮ではなく、戦争をしろ。そして戦争は、一人では決して出来ない争いであることを」
「戦争と殺戮の、何が違うってんだ」
「戦争には成したい正義と信念が必要だが、しかし殺し合いにそんなものは不要だ。ただ敵を殺す、その殺意だけを以てなされた殺戮は、最も惨たらしいものだ」
「戦争に正義や信念を持ち込むことの方が、よっぽどタチが悪い。オレはそういう奴らをさんざん見て来た。これは正義を成してるだとか、信念の御旗の基にだとか、そうして殺しを正当化する事の方がよっぽどな」
「成したい正義を持たない者に戦争は出来ない」
「じゃあ正義ってなんだよ」
「正しいと思う義と書いて、正義だ。人はそれを、自身の夢と説く」
お前が成したい夢を忘れるなと言っている。
清水先輩はそれだけを言って、席を離れた。
「……自分の、夢……?」
オレに、どんな夢がある。
今のオレにある願いや夢は、もう誰も失わない、殺さないという目標だけだ。
「オレの、夢は――」
誰かと共にいる事が出来る世界を望む。
かつてこの場所で、楠と、哨と、神崎と、笑いながら青春を求めたオレの大切な世界を、守りたい。
その為に戦う事は、悪い事なのだろうか。
「……わからない」
オレには、何もわからない。




